12


− 私達はみな溝の中に居る
− けれどもいるのさ
− 溝の中からでも
− 星を見上げる人がね



「ローズさん…委員長ですか?」
「ああ、そうだ」

推薦状が発行できたとの朗報にプラスして、ダンデさんから伝えられたこと。
それはリーグの最高責任者でもある委員長との面会だった。

「今回の件ではローズさんも色々と動いてくださったし…なにより会ってみたいと言われてな」
「わかりました。ぜひご挨拶させてください」
「そうか。なら明日、迎えに行く。急で悪いが準備をしててくれ」

通話は切らず、隣で座るおばさんにスマホをバトンタッチしてあたしは早速クローゼットへ向かった。
なんせお偉いさんに会うのだ。それなりの服装で行かなくては。
念の為にとこの間買っておいたちょっとキレイめのワンピースを取り出す。

「メラー」
「かわい?」
「ヌンメリャ!」
「ほんと〜?ありがと〜」
「ンメェラア〜」
「何してるんだ?」

お褒めヌメたとキャッキャしてると、不思議そうなホップが部屋の前に現れた。
そう言えばドア開けっ放しだったわね。危うくこのまま脱ぐとこだった。

「明日ローズ委員長に会うことになったから、準備してる」
「え!?急だな」
「まあ忙しい人だもんね」

ホップがいるから試すのは止めておこう。サイズは問題ないだろうし。
皺にならないよう慎重に取り扱いつつハンガーに戻して壁にかけておく。
これでちょっと寝坊しても大丈夫。寝坊するなって話だけど。

「あたしが参加できるように、ローズさんも色々手伝ってくれたんだって。だから挨拶行こって」
「そっか。ナナシまだ推薦状もらってないもんな」

そうなのよねー。二人は既に受け取ってるのよねー。
更にはダイマックスバンドまでもらって準備万端、始まりの日を今か今かと心待ちにしている。

「でもこれであたしたちも出られるようになるもんねー」
「メー」

ヌメたに向かって首を傾げると、同じ方向にクニャンと曲がった。
うーん、かわいい。うちのヌメラは最強(のかわいさ)です。

「でもローズさんに会うなんて超レアだぞ!?俺まで緊張する…」
「そう?あたしは別に」
「ナナシってそういうとこあるよな」

どういうとこよ。でも緊張してないのは事実。
あたしにとってローズ委員長という存在は、“敏腕ビジネスパーソン”であって、歴史上の偉人や国のトップではない。
みんなと違う感覚だとわかってるけどしょうがない、だってあたしはローズさんのいない生活送ってたんだし。

「だから心配しなくていーよ。あがって変なこと言うとか、絶対ないもんねー」
「メー」



とかめちゃくちゃ余裕こいてたのに。

「こんにちは。キミがナナシくんですね」
「は、じめまして」

ダンデさんに連れられ、最上階のフロアであたしは委員長にお会いしていた。
穏やか。にこやか。落ち着いた声のトーンでもちょっとお茶目さがあって、好感の持てる人物だ。

「そう固くならずに。ちょっと会ってみたかっただけなんですよ」

あたしは人見知りじゃない。だから昨日もふーんって感じだった。
だったんだけど…なんか、こう。
なんか、ね。

「こ、光栄です」

なんだろう。オーラやばくてヒエー的な感じではない。オーラやばいけど。
ただ、そういう感じではないんだけど、緊張とかでもないんだけど、ないんだけど。

とてつもなく、居心地が悪い。

「委員長、そろそろお時間です」
「もう?オリーブくん気が早いんじゃないの」
「移動もありますから」
「色々話したかったんだけど…仕方がないね。ジムチャレンジでの活躍、期待していますよ」
「あ、はい。ありがとうございま、す―――?」

別れ際の握手に応じた瞬間、視界が



テレビの砂嵐みたいにザラザラして ノイズも


『…はどうですか』
『…はありません』


動かない 動けない 誰かが


『…てもらいましょう』


あれ   これ     って


『…そう、ガラルの―――』



「――― “ ガラルの未来のために ” ?」



「ナナシ」

ダンデさんの声で我に返る。やばい、何か口走ったような…
案の定目の前にいるローズさんはキョトンとしていた。

「す、すみません」

慌てて謝罪し手を離す。急に何だ?って思われてるだろうな。
まだ不思議そうな表情を崩さない氏がそれを物語っている。

「…ええ。ガラルの未来のために、頑張ってください」

ニッコリと笑いかけられてホッとした。変な態度ばっか取ってるのに優しいなあ。
懐の広さだろうか、やっぱり上に立つ人って違うわね。ダンデさんもだけど。

「はい、ベストを尽くします」



「ここで大丈夫なんですか?誰か来ません?」
「ああ。げきりんの湖は野生ポケモンが強いから、ほとんど人が近寄らないんだ」

ローズタワーから出たあたしとダンデさんはワイルドエリアにいた。
帰る前に一通りのチェック(テント張れるかとか、カレーの作り方とか)をしてくれるのだ。
というわけで絶賛料理中。ちなみにダンデさんは調理が大変漢らしかったため、座って待ってもらうことにした。

「最後の最後でハートを注入、っと…できましたー」
「メラ!」
「ヌメたくん早いですねー」
「ギュア」
「リザードンも早いね…」

もうお皿持って並んでるよ。先頭のヌメたは近くにいたからわかるけど、リザードンくん離れてなかった?
お腹ぺこぺこなのね。いいですよ、いっぱい盛ってあげましょう。味は極めて普通だけど。

「いただきまーす。………(うん、普通だな)」
「……ラー?」

見た目もニオイも美味しそうなんだけど、味めっちゃ普通だわ。ガチただのカレー。不味くはないけど。
ヌメたもなぜこのレベルなんだ?と言いたそうにあたしを見ている。自分、料理するけど別に上手くはないんですよ。

「うまいぜ!なあ、リザードン」
「バ…キュァ…」
「ええー…」
「メエー…」

微妙な空気になっているというのに、ダンデさんは満面の笑みだ。
リザードン困ってるじゃん。ぶっちゃけうまいって程じゃなくね?って思ってんでしょ!
あたしもそう思う。あとヌメたも。

「ナナシくんは料理が上手なんだな」
「普通だと思いますよ…」

謙遜とかじゃなくてさ。でもこうして喜んでもらえるならマーイーカ。
ダンデさんと結婚する人はラッキーだわね、おいしいのハードルが低くて食卓困らなそう。

(…研究室っぽさ、あった)

カレーを運ぶ手を止める。あたしはもっぱら例の出来事について考えていた。
暗くて御大層な機械がいっぱいあって、

(人が話してて…顔は見えなかったような)

細かい部分は全然覚えてない。ザラザラしてたし、一瞬だったから。
そもそもどういう現象なんだ?スピリチュアルなことなんて起きたこと…あったわ。この世界に来てたわ。

「なあ、ナナシくん」
「(つまりスピリチュアルは珍しくないと…なるほど、わからん)」
「ナナシくん!」
「はい?おかわりですか?」

いけない、いけない。ダンデさんはもう食べ終わってしまったようだ。
やっぱり食べるの早いなあ。しかしお皿を受け取ろうとしたら、首を振られてしまった。

「違うんだ。その…聞きたいことがあって」
「何でしょう」
「……」
「ダンデさん?」
「…この間、俺たちは一緒に昼寝をしたよな」
「ええ」

今更何を聞くんだろうか。まさか夢オチ作戦に気づいたんじゃないだろうな。
……いやありえない、だって完璧に隠したもんね!

「その…昼寝、なんだが…」
「……」
「俺と…いや、俺はキミを…」

珍しく口が重たいダンデさんの出方を伺う。
おいおいおい冗談じゃないよマジでバレ…あ!

「あ!」
「えっ」
「ねがいぼしだ!」

ダンデさんの向こう側にある夜空、その中を一本の赤い筋が走り抜け、あたしはお皿を置いて立ち上がった。
つられて振り返ったダンデさんも息を呑む。そこには信じられない光景が広がっていた。

「すごーい、きれーい」
「驚いた…こんなことは初めてだぜ…」

なんと、流星群のようにねがいぼしがいくつもいくつも流れて行くのだ。
いつの間にか頭上まで赤いカーテンに覆われ、映画さながらの美しさだった。

「ねがいぼしは、本気の願いを持つ人の元に落ちてくるというんだ」
「へえー(本気の願い持つ人多すぎ)」

まあ人口考えればおかしなことじゃないか。
あたしもお願いしよ、早くお金を稼ぐ手段ができますよーに。
って。

「落ちてきた…」
「すごいじゃないか!」

こんな不純な願いでもいいの!?しかも2つ!!??
太っ腹な神様(仮)ありがとうございます。でも2つはちょっと欲張りよねえ。

「ヌメた、欲しい?」
「ンーメ」
「いらないの?」
「ンーメッ!!」
「?」

ヌメたにあげようとしたらめっちゃ拒否られた。そんな頑なにいらないことある?
あーよくわかんない物体で警戒してるとかかな。止めときましょ。

「じゃあ、ダンデさんおひとつどうぞ」
「俺にか?」
「ダンデさんもいらないならリザードンに」
「ありがたく受け取るぜ」
「あ、はい(早っ)」

噂によると、これがあればダイマックスバンドを作れるらしい。
ダンデさんは既に持っているのでいらないかもと思ったが、すんなり受け取ってくれた。

「マグノリア博士の元へ持って行くといい。俺から連絡しておこう」
「ありがとうございます。ヌメたもこれでダイマデビューだね」
「ヌンメラ」

ん?なんかテンション低いな。ねがいぼしはお好みでない?
機嫌が悪いわけではなさそうだし、そっとしておこう。
もしかしたらカレーのせいかも。だったらごめん。

「ねがいぼしの流星群…騒ぎになるな」

どのくらいの騒ぎになるのか、あたしにはよくわからないけど。
でもさ、こんなに降り注いでるんだ。願いを司る星が。

「そうですね」

1個じゃ叶えられない誰かの夢が、叶いますように。
なーんてね。



2021.10.29