− 大抵の場合、彼女は自分で自分に
− 優れたアドバイスをするのだけれど
− 大抵の場合、彼女は自分で自分の
− 優れたアドバイスに従うことはなかった
「ホップたち、先に行っちゃったみたい」
「それじゃあたしたちも乗りましょ」
ホップママとユウリママに見送られつつ、あたしはソニアさんと電車へ乗り込んだ。
明日はいよいよ開会式。チャレンジャーは今日中にエントリーを済ませなければならない。
ということで、ブラッシータウンから移動。ちなみにあたしがホップたちと別行動な理由は。
「ダイマックスバンド、間に合ってよかったね」
「ですねー。ちょっとヒヤヒヤしました」
腕に装着したピカピカのおニューダイマックスバンド。
先日ねがいぼしをゲットしたあたしは、マグノリア博士に依頼し作ってもらっていたのだが…
トラブルがあったらしく(詳細不明)、予定よりも遅れ先程やっと手にしたのだった。
「キョダイヌメた、見るの楽しみだな〜」
「おばあさまも言ってたように、条件が必要だからね。ジム戦で試すのが確実だと思うよ」
「キョダイになったらハチマキって千切れちゃいます?」
「…どう、かなあ…」
「うーん、バトルの時は頭につけないで持たせよっかな」
「そう、そうしなよ!せっかくもらったプレゼントなんだし、うん!」
なぜか食い気味で賛同するソニアさんに苦笑しつつ、流れる景色に目をやる。
とうとう旅が始まったわね…もう後戻りはできないのよ、ワタシ…(アンニュイに流し目)
いや戻る道なんて最初からないんだけどさ。色んな意味で。
「エンジンシティまではあっという間だよ。着いたら案内してあげる!」
「ありがとうございます。ソニアさん心強い」
「ジムチャレンジ始まるまではね。それに私も久々の旅を満喫するし!」
ソニアさんは気になることがあるとかで、各地を巡って情報収集するそうだ。
余談だが、マグノリア博士がソニアさんを諭している場面にヌメたとあたしは遭遇した。めちゃ気まずかった。
「ナナシはさ、ホップが言ってた不思議なポケモンに会ってないの?」
「多分…あたし気絶してて、全然覚えてないんですよ」
嘘じゃない。あたしはまどろみの森で、ポケモンを一匹も見なかった。
…見なかっただけで、霧の向こうには何かいたと思うけど。ノーカウントよ、ノーカウント。
「そっか。じゃあ地道に調べてくしかなさそ〜」
「あたしも道中でわかったことあったら、連絡しますね」
「よろしく!」
ニッコリと笑うソニアさんにあたしも笑顔で返す。
目的は違っても、あたしたちは同日に旅立つ同士なのだ。
「こんなところかな!ちなみに、スタジアムに行くにはあちらの昇降機を使うのだ」
「おおー(昇降機かっこいい)」
「じゃね!あたしはせっかくだからブティックとか寄っちゃうけど、忘れずにスタジアムで受付を済ませておきなよ」
「はーい」
到着後、ソニアさんからポケセンやら何やらの場所を案内してもらい別れる。
まずはヌメたを出してあげよう。ボールに戻していたから。
「お待たせしましたー」
「ヌメリャ!」
迷ったのだが、この旅であたしはヌメたをボウルに入れて連れ歩くことにした。
重くなるから水は申し訳程度にしか張らない。ヌメラは軽いけど、ずっと持つとなると重労働だ。
「ちょうどお水飲み場があるよ。どーぞ」
「ンーメンメ♪」
それでも出すことを選んだのは、単純に心強かったから。
一人で行動するのは慣れている。でもそれは住んでいた世界での話だ。
いくらテレビや本で情報収集しても、知らないことの方が多い現状。
その中で完全に不安を消すことは難しい。
「おいし?」
「メンラア〜♪」
でもね。この笑顔見てると、全然平気だなって思えるんだよね。
天涯孤独になったけど、このコがいる。
ヌメたがいれば大丈夫。彼もそう感じてるはず。
「ヌメた、スタジアムに行くよ!」
「ヌンメ!」
俺たちの戦いはこれからだ!
「ナナシ、遅いんだぞ!」
「ホップ、ユウリ。もうエントリーは終わった?」
「ちょうど終わらせたところだよ。もうすぐ締め切っちゃうらしいから、ナナシちゃんも早く早く!」
「うん、行ってくる」
寄り道というか変なおっさんに遭遇したというか、とにかくアレコレあってスタジアムへの到着は大幅に遅れた。
あんまりフラフラするもんじゃないわね。危うく日が暮れるところだった。
「なんと…あなたもチャンピオンの推薦ですか!」
「はい」
「しばらくお待ちください…エントリーできました。それではお好きな番号をお選びください」
「番号?」
「選んだ番号はユニフォームの背番号として使われますよ」
ナンバー決めなきゃいけないんだっけ。忘れてた。
それじゃヌメラにちなんで…ヌって数字で言うと何?メは?
んーめんどくさいなー
「じゃあ…000で」
「000番ですね!承りました」
「(えっいいの!?)」
普通こういうのって001〜999の間じゃない!?
000は認められないと思ったから言ってみただけなのに…
まあ何でもいいんだけど。あたしはコダワリないし。
「メリャ」
「あ」
よく考えたら、ヌメラの図鑑番号でもよかったな…
「怒涛の一日だった」
「ヌーメ?」
「疲れてるけどへーきへーき。ありがと」
「ンメェラァ」
ヌメたにウインクすると、ニッコニコのヌメラスマイル。癒やされるわね。
広いベッドに横たわったまま回想する。
ダイマバンド、エンジンシティ、不審者、ジム、ブラックナイト伝説、エール団、マリィ…
「濃厚すぎる」
豪華な室内でも聞こえるのは己の声のみ。テレビつけようかしら。
咳をしても一人、だったか。そんなことを詠った人がいたような。
「…考えてみたら、こういうの初めてだ」
今までは。ホップがいて、おばさんがいて、ユウリがいて。
部屋で寝てても、必ず近くに誰かがいた。
でもここはそうじゃない。そしてこれから先も。
「(…どうしてこんなにザワザワするんだろう)」
昼間からそうだ。やたらと“孤独”の二文字が頭に浮かぶ。
大したことはない、そもそもあたしは自分の足で立っていかなきゃいけないんだぞ。
その覚悟をして推薦状までもらったのに。
「ン〜メェ〜〜」
「?ふふ、くすぐったい」
センチメンタルになっていることを感じ取ったのか、ヌメたがツノで腕をスリスリしてきた。
あったかい。ヌメたって意外とほんのり温かいのよね。
「あーダメダメ。初日からこんなんじゃ、先が思いやられちゃう」
お風呂。こういう時は湯船に浸かろう。さっそくバスルームへ向かってお湯を出した。
そのせいで、スマホに来ていた着信に気付かなかったのだ。
「サッパリしたねえ」
「ヌンメ♪」
ツヤツヤしているヌメたのボウルをテーブルに置いて、髪を乾かし始める。
不要な悩みは汚れと共に流れて行ったのかスッキリとした気分だった。
「ンメ!?メ、メーリャ!!」
「え?」
ドライヤーを切った直後、ヌメたが窓に向かって威嚇を始めた。
ただ事ではない様子に緊張が走る。おまけに…コツコツと何かガラスを叩くような音が…。
音が!?!?
「(ちょっっっっと待って、ここ結構上の階だよね!?どういうこと!?)」
「ンヌァ゛ー!!!」
やばいやばいやばい。カーテンの向こうにやばいのいるかもしんない。
どうしようこれヌメたは撃退できるの?おばけってヌメたいける?いけるの?
「(れ、レセプションにコール…って遠っ!もっと近くにあれよ!)」
電話の配置に文句を言っても意味がない。窓から目を離さず、ジリジリと後退る。
ああでもヌメた連れて行かないと!マジのおばけならポケモンじゃ無理かもしれな
「…くん?……のか?」
「……ぁ、ぇ?」
不審な音が止んで、わずかに聞こえる声のようなもの。
はっきりとは確認できないのになぜか脱力した。
よくよく見るとヌメたの威嚇スタイルにも既視感がある。
「…何してるんですかダンデさん」
「ナナシくん!起きてたか」
起きてたか、じゃないよ。
紫色の髪を靡かせる人騒がせな来訪者と橙色のパートナーを、あたしは慌てて招き入れた。
「誰かに見られちゃったらどうするんですか」
「夜だから問題ないぜ」
「大アリです。夜にレディの部屋を訪れるなんてマナー違反ですよ」
「それは…そのとおりだな。すまない」
しかも窓からって!ホテルのロビーにしてくれません!?
と、先程までビビりまくっていた反動で咬み付きたくのをグッと堪らえる。
ダンデさんはあたしを心配して来てくれたのだから。
「ホップとユウリくんには会ったが、キミを見かけなかったし…電話も出ないから何かあったのかと」
「電話はタイミング悪かっただけです。見ての通り、あたしは何ともないですから」
これは…ちょっと嘘だ。お風呂に入るまで、やたらとセンチになってた。
正直ダンデさんが来てくれたことにものすごくホッとしている。
「それならよかった。突然来てすまなかったな」
「(ぁ……)」
純粋に、安否確認だったのだろう。ダンデさんは再度謝罪してから視線を扉へと移す。
そうだ。もうここに用事はない。
「(……馬鹿馬鹿しい。甘えるなよ)」
行かないで。ここにいて。
その言葉がどれほど無意味なものかを、わたしは知っているはずだ。
「ダンデさん、心配かけてすみません。明日からちゃんと連絡しますね」
「そうしてもらえると助かるぜ。じゃあ、おやすみ」
優雅にマントを翻して颯爽と出口へ向かう。
行ってしまう。だから何だ。拳を握る。手を伸ばさないように。
「おやすみなさい、ダンデさん」
よい夢を。
お決まりの続きを言おうとしたら、
「…しまったな」
ピタリと足を止め頭を掻き出すダンデさん。
あと数歩でドア、という所で振り返る。
「俺は…受付を通らず来たから」
そうだ。この人、リザードンで直接乗り込んできたんだ。
つまりホテル側はダンデさんが来たことを認識していない。
それなのに出て行く姿を目撃されるということは。
「…お茶、飲みませんか。リザードンと帰るなら温まってからの方がいいと思います」
セキュリティとかゴシップとか、諸々良からぬ話が出てきてしまいそうだ。
つまりダンデさんリザードンで帰るしかない。でも夜風は冷たいわけで。
「そうさせてもらおう」
踵を返してソファに腰を下ろすダンデさんに、ほんのちょっとだけ嬉しくなった。
ちょっとだけね。
「今日はどんな一日だった?」
「そうですね、まず博士からダイマックスバンドをもらって…」
紅茶を飲みながら、ハロンのお家を出てここに至るまでの出来事を話す。
そうしておしゃべりしていると、疲れのせいかだんだん眠くなってきた。
「他のどのチャレンジャーよりも、キミには不安が付き纏うだろう」
いつの間にかダンデさんにもたれていたようだ。
そういえば、タクシーの中でもこうやって肩貸してもらったんだっけ。
「頼りになる記憶はなく文字も覚えたばかり。その中でジムチャレンジへの参加を決めた意思、それを俺は尊重しよう」
ウトウトしながら思い出していると、あの時と同じようにフワリとマントで包まれる。
ダンデさんのニオイ。あったかい。
「だがな。一人で無茶するようなら止めるぜ」
ねえ。
「俺はチャンピオンだが、キミの保護者でもあるからな」
今だけ。今だけだから。
「それに…ナナシ。オマエには―――」
離さないで。
→