ー 我々は自分が何者なのか
ー ということを知っているけれど
ー 我々は自分が何者で在るのか
ー ということは知らないのだ
「……あさ…」
眠気はあるものの、変に目が覚めたあたしはしぶしぶ起き上がった。
いつベッドに入ったんだろ?全然覚えてないや。
確か昨日はおしゃべりしてたら疲れて眠くなって。
「、だんで、さん」
当たり前だけどこの部屋にダンデさんはいない。
うっすら射し込む朝日に、ああそういえば窓から来たんだっけとぼんやり思い出したり。
(ちゃんと、帰れたかな)
誰もいないベッドはやけに広くて布団も冷たく―――…。
………馬鹿馬鹿しい。
くだらない考えを止めシャワーを浴びようとしたあたしは、サイドボードの小さなメモに気づいた。
「?…ふふ」
シンプルで短いメッセージ。
それがまた彼らしい。
【いつでも俺を呼んでくれ】
「…やさしい、ひと」
たったこれだけで気持ちが軽くなるなんて。
あたしも大概、現金な生き物だ。
「おはようだぞ!」
「おはようホップ、ユウリ」
「おはようナナシちゃん!」
優雅にお風呂も入って、身だしなみを整えた後ロビーへ降りた。
ホップもユウリも既にチェックアウトしたらしい。早いわね。いやあたしがゆっくりしすぎたのか。
「よし!エンジンスタジアムまで競争だ!」
「(また始まった)」
あたしたちの返事を待たずにホップは走り去る。朝からよく全力疾走できるな!?
ユウリも苦笑していた。多分同じこと考えてるよね。あと建物の中で走っちゃダメよ。
「私たちも行こっか」
「そーだね。…ってユウリさん、この手は?」
「スタジアムまで案内してあげる!」
「近いから大丈夫だよ」
「でもナナシちゃんすぐ寄り道するでしょ?」
「……」
うん。まあ寄り道するかな。
黙ったあたしは大人しくユウリに連れられるのであった。
(ヌメたはその間ずっとユウリを威嚇していた。なぜだし)
「それでは、ジムリーダーのみなさん!姿をお見せください!」
大歓声により震える空気が、まだ控えているあたしたちにも届く。
委員長の口上にあった“ガラルの祭典”にふさわしい盛り上がりだ。
「チャレンジャーのみなさま!フィールドにお越しください!」
通路に待機していたチャレンジャー全員がそれぞれ歩き出す。
ユウリはドキドキしてる。ホップはすごくワクワクしてる。マリィはちょっぴり緊張してる。
あたしはビックリするほど平常心。なんだか現実味がない、まるでガラスの向こう側を見ているような。
それとライトめっちゃ眩しいです。逆光で客席の様子が全然わからない。何だこりゃ。
(空が、高い)
確か前にも同じことを思ったな。いつだったっけ?
そもそも一世一代の大舞台で、どうして頭上に広がる青空がこんなにも―――
「こんにちは」
「え?」
声をかけられて我に返る。
視線を移すとそこにはサングラスがトレードマークのおしゃれさんが。
「これだけ注目されると緊張するでしょう」
「そうですね。リーダーのみなさんは凛としてらして、素敵です」
「可憐な方にそう言っていただけるのは光栄ですよ」
なんと。ナチュラルに紳士!
さらりと流れるスマートなセリフ!素敵!
「僕はマクワと言います」
「あたしは「ジムチャレンジの開幕に、盛大な拍手を!」
ローズさんタイミングゥー!!!
いや悪いのはあたしか。よそ見してたんだし。
せっかく名乗ってくれたのに失礼なことしちゃったなあ。
帰って行くマクワさんに心の中で謝罪していると、振り返った彼と目が合う。
「6つ目のジムにて、お待ちしていますよ」
おいおいイケメンかよ(イケメンだった)
「じゃねユウリ!あたし先に行くから!」
「え、ナナシちゃん!?」
ここからは時間との勝負だ。
速攻で着替えたあたしは、熱の収まらないスタジアムを一番に出た。
終了直後でまだ周囲にギャラリーもいない。これ幸いとヌメたをボールからボウルに移してから走り始める。
「ヌメた!さっさとバッジ集めて!」
「メラララララララ」
「ワイルドエリアデビューするよ!」
「ララララヌラララ」
小走りの振動やば。
「意外と早く着いたね」
「リャッ!」
薄暗い鉱山の中では声がよく響く。
出発が早かったおかげか道中トレーナーに遭遇することはなく、野生のポケモンに至ってはなんと1匹も現れなかった。
おかげですんなりとガラル鉱山に辿り着いたのはいいんだが。
「いったいどこにいるのやら」
「ナナシちゃん、出口は向こうだよ」
「あれまたヤスエさんだ…こんにちは」
「ヌーン」
キラキラした鉱石に目を奪われ方向がわからなくなる。
あっちにウロウロこっちにウロウロ、どうやらあたしは同じ所を歩き回っているようだ。
「橋を渡ったらまっすぐ行くんだよ?」
「はーい」
「転ばないよう気を付けてね!」
と、見送ってもらったというのに。
「なぜか外に出た」
「メエー…」
ダメだこりゃ。外に出たは出たんだが、崖っぽいというか、見下ろすと鉱山の入口だった。
意味わからん。あたし結構奥の方行ってたよね?なんでここまで戻って来てるんだ??
「ちょっと一休み…あら、わざマシン発見」
「ラァ?」
「えーっと…ロックブラス「僕に寄越しなさい」
いや誰だよ。
ヌメたと二人きりのつもりだったあたしは振り向いた。
「これ欲しいの?」
「違います。あなたのねがいぼしを僕によこしなさい」
「いや誰だよ」
この高飛車な言い方、覚えがあるような。
拒否の姿勢を取ったあたしに彼の表情が険しくなる。
「僕は委員長に選ばれたトレーナーです」
「そうなんだ。あたしナナシ」
「だからあなたのねがいぼしは、僕が正しく使ってあげましょう」
「いや名乗れよ」
んもう、なんだよこのプライド高そうな坊ちゃんは。
人の話聞かないし。勝手に名前つけちゃうぞ、意識タカオとか。ださっ
「大人しく渡せばいいものを…痛めつけられたいんですか?」
「物騒なこと言わないの。あとダイマバンドあげるとか普通に無理」
「わからない人ですね。いいでしょう」
問答無用な空気でスーパーボールを取り出す彼。
まさか初の野良バトルをこんな形ですることになるなんてなー
「かわいそうなあなたに、僕の強さを教えてあげますね」
「さっきそこ通んなかったっけ」
「通ってません!黙ってついて来なさい」
「はーい」
結果はあたしたちの勝利。
というかヌメたすごいよ。だって3体も倒しちゃうんだもん。
ミブリムにチャームボイス使われた瞬間ぎゃーと思ったけど。
「クッ…エリートの僕がなぜこんなことを…!」
「だって約束だし」
バトル直前に取り付けた条件、それはあたしが勝ったら道案内すること、だった。
完全に見下した様子で(敗北なんて露程も想像してなかったんだろう)あっさり承諾した彼。
は、現在あたしたちの案内人である。油断するからこういうことになるんだぞ。
「そういえば、なんでそんなにねがいぼし欲しいの?」
「あなたには関係ありません」
「ふーん。理由によってはあげられるかもしんないのになー」
「……委員長を煩わせる悩みを、解決するためです」
「ふーん?」
ただそれだけを言って歩き続ける彼の背中を追う。
委員長=ローズさんの悩み?ねがいぼしが絡むということは、エネルギー関係に違いないだろう。
(…でもローズさんが指示してる、っていうのは考えられないな)
誰かの腹の内なんか、誰にもわかったもんじゃない。
よってガラルを発展に導いた人格者であっても、悪しきことを目論んでいる可能性は充分にある。
ただ、
(あの人ならもっとスマートで確実な方法を取るはず)
こんな無駄に労力かけるようなやり方なんかじゃなくてさ。
バレずに、着実に、無駄なく集められるよう動くはず。
それなら このコは?
「…あのさヌメた」
「ンーメッ!!!ヌンメリャアーヌンメンヌラ!!!」
「はい、すいません」
ですよねー。
以前ヌメたがくれたねがいぼしは…と聞く前にめっちゃ怒られた。
まあ当たり前だ、プレゼントしてくれた物を他人にあげるなんて。
でもさ。どうしても気になるんだ、このコ。
幼さ故の無知さとか、視野の狭さとか、まるで―――
「……」
「うるさい人たちですね。あれが出口ですよ、さっさと行きなさい」
「ありがと。君は行かないの?」
「僕はもう少しここに残ります。やるべきことがあるのでね」
それってあのカツアゲでしょ。ロクでもないこと覚えちゃって。
ただこの手のタイプはな〜普通に言ってもアレだからな〜〜
「あのさ」
「何です」
「誰かのために何かをする、っていうのは素敵なことだよ」
「はあ?」
「でもそれだけだと必ず壁にぶつかる」
「意味のわからないことを」
今の君にはそうだろうね。けど、あたしには予感があるんだ。
この話が教訓になってしまう日はそう遠くない、って。
「自分の人生は自分にしか生きられないから。他人のために擦り減らすの、止めた方がいいよ」
「ハッ…そんな風に考えるなんて、ずいぶんと可哀想な人ですね」
「かもね。でも過去が無意味になるよりよっぽどいい。時間だけは誰にも取り戻せないから」
「……」
これ以上は不要だ。そもそもこんな話、要らなかった。
口にしたのはあたしの都合、あたしがそうしたかった、だけ。
「そうだ。ダイマバンドあげらんない代わりに、今度あたしがねがいぼし見つけたらあげるね」
「あなたの助けは要りません」
「よこせよこせ言ってたじゃん」
「……」
苦虫を潰したような顔。
見事に美形が台無しである。
「あんまり手荒な真似しちゃダメだよ」
そうそう。
君の名前、やっと思い出したよ。
「ビートには似合わないから」
まっすぐなひねくれ者。
意外と熱いハートのビートくん。でしょ?
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