14


「みんな、朝ごはんだぜ」
「ばぎゅあ!」
「うぉう♪」

いつもの時間に起床し、ポケモンたちへ朝食を与える。
どこで目が覚めようともダンデのルーティンは基本変わらない。

「(彼女はもう起きただろうか)」

身支度を整えながら昨晩のことを思い返す。
ベッドへ寝かせてやっても、ナナシは“まるくなる”を解除しなかった。

『メンリャーラ』
『…フッ、ナナシにはオマエがいたな』
『ラメラッ!』

一足先に眠っていたはずのヌメたが、ダンデを監視するかのようにじっと見つめている。
気まずさ半分に誤魔化すと、彼はボウルからピョンと飛び出しナナシの枕元へと立つ。

『?』
『ヌンメ〜ヌンメ〜』

ぎゅっと小さくなった彼女の額をツノで撫でるヌメた。
熱を測るような、いい子いい子をするような、なんとも奇妙な光景だ。

『……ん…』
『ヌンメ〜』

けれども、声をかけ触れる度に、強張っていた身体は少しずつ解れていく。
ヌメたの勝ち誇った表情。ダンデはますます不思議な心持ちだった。
彼らの絆は、普通のトレーナーとポケモンの間に築かれるものと違うような気がして。

『オマエが彼女の騎士だとわかっているさ。だが俺も俺でサポートさせてもらうぜ』
『ヌンッ』

勝手にしろとの返事に苦笑しながら、ダンデはメモ用紙を手に取った。
ナナシが文字に不慣れなことを考慮して、短く簡潔に。素早くペンを走らせてサイドボードにそれを置く。

『よい夢を』



あの伝言は咄嗟の行動だった。
特別な仲を見せつけられ、ちょっぴり面白くなかった男が取ったせめてものアクション。

「メッセージが来たロ〜」
「サンキュー、ロトム」

我ながら大人気なかったか。そんな反省と一緒にモーニングティーを飲み干す。
そうして気分を切り替え、ダンデは差し出された画面へと目を移した。

【おはようございますダンデさん。無事にお部屋へ帰れましたか?】

自分は彼女の保護者なのだ、常に落ち着いていなければ。
理解しているのにどうも調子が狂ってしまう。

「…まさか俺の心配をするとはな」

何より困るのは、彼女に乱されるリズムが心地よいということ。



「それでは、ジムリーダーのみなさん!姿をお見せください!」

オーディエンスの声援を浴びながら入場し、中心地に並び立つ。
もちろんファンサービスも忘れない。

「チャレンジャーのみなさま!フィールドにお越しください!」

挑戦者たちの緊張した面持ちも例年通りである。
今回はいったいどんなチャレンジャーが、と眺めていたマクワの関心を惹いた少女。

(おや…?)

初めてこのフィールドに足を踏み入れた者の反応は決まっている。
キョロキョロと辺りを見渡すか、脇目も振らず前を見据えるか。
しかし彼女はどちらにも属さず、頭上をただ仰ぐばかり。

(あれは……)

以前、母のモスノウが大怪我をしたことがあった。
再び飛ぶ為には絶対安静だと言いつけられ、日々大人しく部屋の窓辺に佇む、その後ろ姿。
ガラスの向こう、広がる青空を恋しがる様子にひどく胸が締め付けられたのを覚えている。

「こんにちは」
「え?」

彼女の横顔は、あの時のモスノウと同じだ。

「これだけ注目されると緊張するでしょう」
「そうですね。リーダーのみなさんは凛としてらして、素敵です」
「可憐な方にそう言っていただけるのは光栄ですよ」

突然ジムリーダーに話しかけられたというのに、驚くわけでもなく淡々としている少女。
大物かもしれませんね。内心驚きつつ、紳士な態度を崩さない。

「僕はマクワと言います」
「あたしは「ジムチャレンジの開幕に、盛大な拍手を!」

タイミング悪く、少女の名前を聞くことはできなかった。
もちろん調べることは容易なのだが、できれば直接、本人から伺いたい。

「6つ目のジムにて、お待ちしていますよ」

だからこそ名乗ってもらおう。
自分が束ねるキルクスジムへやって来た、その暁には。



「やあ!きみたちがチャンピオンに推薦されたトレーナーですね!」

未だ熱狂冷めやらぬロビーの中、弟たちを呼び止めるダンデ。
彼に続き、ホップとユウリに自己紹介をする委員長は上機嫌だ。

「今年のジムチャレンジは特に楽しくなりそうですね!ところで、ナナシくんは一緒ではないのですか?」
「ナナシちゃん、終わってから凄いスピードで着替えて出発したので…」
「ナナシでも急ぐことあるんだな。意外だぞ」

確かに。口には出さないものの、弟の言い分にダンデは同意する。
せっかちとは無縁そうな彼女だが、宣言していた最速のバッジ集めとやらは本気らしい。

「そうでしたか。いい!素晴らしい!ガラル地方が盛り上がりますねえ」

至極楽しそうに、委員長は去って行った。
ダンデも助言を与えつつ二人のルーキーを送り出す。

「最初はターフタウン!そのため3番道路へ向かうぞ!」
「私も負けないよ!」

走り去るのを見守りながら、ダンデはナナシの居場所を想像する。
ターフタウンまではかなり長い道のりだ。
至る所でトレーナーが待ち受け、なにより野生のポケモンたちが頻繁に襲ってくる。

(明日には突破しているかもしれないな)

早くても一日はかかる厳しい道中。同時に学ぶことも多い。
最速を主張した彼女がもたらす速報を、楽しみに待つとしよう。



「なぜか外に出た」
「メエー…」
「ちょっと一休み…あら、わざマシン発見」
「ラァ?」

頼りない。
それが彼女の第一印象。

「えーっと…ロックブラス「僕に寄越しなさい」

まったく呆れてしまう。
迷っているのに焦っていないところも、頼りなさを助長していた。
おまけに連れているのは最弱のドラゴン・ヌメラ。

「これ欲しいの?」
「違います。あなたのねがいぼしを僕によこしなさい」
「いや誰だよ」

どこをどう取っても敵に値しない弱者。ならば早々に叩き潰してあげよう。
ある種の優しさ、というやつだ。貴重なねがいぼしだって無駄に消費されず済む。

「僕は委員長に選ばれたトレーナーです」
「そうなんだ。あたしナナシ」
「だからあなたのねがいぼしは、僕が正しく使ってあげましょう」
「いや名乗れよ」

不利な立場を理解しないのか、拒否する彼女に苛立ちが募る。
腕の中にいるヌメラも一丁前に威嚇をしてくるのがなお気に食わない。

「大人しく渡せばいいものを…痛めつけられたいんですか?」
「物騒なこと言わないの。あとダイマバンドあげるとか普通に無理」
「わからない人ですね。いいでしょう」

最初に出会ったのが自分でなければ、彼女もジムチャレンジを続けられたかもしれない。
全力で打ち負かしてやろう。手も足も出ないほど強い相手だったという記憶、それがせめてもの慰めだ。

「かわいそうなあなたに、僕の強さを教えてあげますね」



「さっきそこ通んなかったっけ」
「通ってません!黙ってついて来なさい」
「はーい」

予想外の敗北にギリリと奥歯を噛み締める。
よもやヌメラに手持ちのポケモンみなが負けてしまうとは。
ヌメヌメ言って指示を出すような、ふざけたトレーナーに。

「クッ…エリートの僕がなぜこんなことを…!」
「だって約束だし」

仕方なく案内する薄暗い鉱山の中。
ついてくる彼女は自分やヌメラに話しかけたり、キラキラした鉱石に近寄って行ったりと忙しい。
そんなことをしているから迷子になるのだ、と八つ当たり半ばの嫌味を投げても交わされる。

「そういえば、なんでそんなにねがいぼし欲しいの?」
「あなたには関係ありません」
「ふーん。理由によってはあげられるかもしんないのになー」

これまでの経験上、自分の態度に逆上するか傷つくか。いずれにせよ気分を害するのが圧倒的多数。
稀に笑顔で受け止めるタイプもいたが、そういった人間は一番信用できなかった。

「……委員長を煩わせる悩みを、解決するためです」
「ふーん?」

彼女は怒っているわけでも、ニコニコしているわけでもない。
バトルが終わった後、変わらぬテンションでただ一言。
じゃあ案内よろしく、と。

「…あのさヌメた」
「ンーメッ!!!ヌンメリャアーヌンメンヌラ!!!」
「はい、すいません」

それにしても謎なコンビだ。
トレーナーとポケモン、どちらが優位かなんて決まり切っているのに、なぜか逆転している。
ヌメラに怒られる人間なんて果たしてこの世に何人いるだろうか。

「うるさい人たちですね。あれが出口ですよ、さっさと行きなさい」
「ありがと。君は行かないの?」
「僕はもう少しここに残ります。やるべきことがあるのでね」

チャレンジャーはまだまだいるのだ。
ここで待ち構えてバトルを挑めば、自ずとねがいぼしを増やすことができるだろう。
推薦してくれた、ポケモンをくれた。尊敬する委員長のために―――

「あのさ」
「何です」
「誰かのために何かをする、っていうのは素敵なことだよ」
「はあ?」
「でもそれだけだと必ず壁にぶつかる」
「意味のわからないことを」

唐突な物言いに思わず眉を顰める。
逆光で彼女の表情は確認できない。

「自分の人生は自分にしか生きられないから。他人のために擦り減らすの、止めた方がいいよ」

そのセリフは、自分以外の誰かに向けられている気がした。

「ハッ…そんな風に考えるなんて、ずいぶんと可哀想な人ですね」
「かもね。でも過去が無意味になるよりよっぽどいい。時間だけは誰にも取り戻せないから」

そのせいか、わかったような口を利くなとは言えなかった。

「そうだ。ダイマバンドあげらんない代わりに、今度あたしがねがいぼし見つけたらあげるね」
「あなたの助けは要りません」
「よこせよこせ言ってたじゃん」
「……」

調子を戻した彼女の声に含まれる若干のからかい。
ハッとなり反論しようとしたが、わずかに遅く、既に出口へ向かっている。

「あんまり手荒な真似しちゃダメだよ」

一度だけ。
足を止め振り返った彼女は、

「ビートには似合わないから」

悪戯っぽく笑っていた。





2022.01.10