「ん、っあ♡ ガイアせんぱぃ♡」
動物的勘、というやつだろうか。
他人の情緒を半分も推し量れないはずのナナシが警戒し始めたのは意外だった。
―――今後はより一層、注意しなければ。
「気持ちよさそうだな、ナナシ」
腰を打ち付けながら、ガイアは小さな恋人を見下ろした。
熱に浮かされた彼女の瞳には、自分以外何も映っていない。
「にゃぅ♡ きもち、っい♡ あ、きもちいぃ♡ っ、ぃく♡ ガイアせんぱ、いくっ♡」
自分は、テイワットにおいて、モンドにおいて、永遠の部外者である。
己の特殊な出自、来歴。
だからこの世界において真の意味で手に入れられるモノはない。
義兄と袂を分かったあの日、ガイアはそれをはっきりと悟った。
「俺はまだだぜ、もっと頑張りな?」
けれど、それを嘆き絶望するようなこともなかった。
彼にとってこの世界は興味深く、得る物がないのは身軽さに等しく。
よってガイアは何も持たぬことを寧ろ幸福とさえ感じていた。
ナナシが現れるまでは。
「んう〜〜〜♡♡ にゃ、え♡♡ きちゃぅ、いくのくりゅぅ♡♡」
とある雨の日、シードル湖に落ちた黒猫を拾った。
目覚めた彼女は記憶がなかった。
名前さえ持たぬ、まっさらな少女。
彼女を見た瞬間にガイアは思った。見つけた、と。
『…な…まえ……?』
肉体はあるのに、存在がない。言葉は話せるのに、説明できることがない。
アイデンティティに絡む一切を失った彼女は、世界から弾き出されポツンと佇む異物だった。
彼自身がそうであるように。
『俺が名前を付けてやろう。そうだな…ナナシはどうだ?』
この世界でたった一つだけ、手に入れられるもの。
この世界に属さない、組み込まれないもの。
『どこか忘れてしまったが、美と愛―――そして希望の象徴をそう呼ぶ所があるらしい』
ナナシが“ナナシ”となってから、ガイアは惜しみない知識と愛情を注いだ。
無理に何かを強いる必要は一切なかった。
『わたしの、名前は、』
『おっと。せっかくだから、それも直した方がいい』
『…?』
『自分のことを名前で呼ぶのさ。そうすれば、もう二度と忘れずに済むだろ?』
『名前で…?』
『言ってみな。ナナシの名前はナナシ、って』
ナナシは何も持たないのだから、彼は与えるだけでよかった。
『ナナシの、名前は…ナナシ』
『そうだ。よく出来たな。良い子だ』
『わたし、良い子?』
『早速間違えているぞ』
『ぅぅ…ナナシ、良い子?』
『正解。ああ、良い子だ』
ナナシは要不要がわからないのだから、彼は指示するだけでよかった。
『…どうして、ナナシ、ねむれない…?』
『お前は俺がいないと安心して眠れないんだ』
『…どうして、ガイアいないと…ねむれない…?』
ナナシは渇望も欲望も知らないのだから、
『それだけお前が俺のことを好きだからさ』
彼は教えてやるだけで、よかったのだ。
「ナナシ」
もしも自分がいなくなってしまったら、ナナシは死んでしまうだろう。
だが己で命を絶つようなことは絶対にしない。
なぜならガイアはそんなこと教えていないのだから。
「お前は本当にかわいいやつだな」
それでも。
食事を止め、睡眠を止め、生きることを止めてしまうに違いない。
彼に会いたいと恋しがって。彼に会えないと嘆き苦しんで。
緩やかで確実な死へと健気に向かってくれるだろう。
「俺だけがお前のもので、お前だけが永遠に俺のもの」
自分がいなければ生きて行けないナナシ。
自分がいなくなれば生きて行けなくなるナナシ。
「何があってもそれを忘れるな」
限りなくイコールで結ばれた、お互いの命。
「愛してるぜ」
これこそが、彼の望む最愛である。
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