唐松に寄り添って - 春風
鳴り響く警告音

視点:遠山蘭


「…ん……」

少し肌寒くなって来たこの時期、それに今日は土曜日、できるならば私は布団から出たくない。けれど、私のスマホがその安眠を妨害するかの如く、机の上で酷く大きな着信音を部屋いっぱいに鳴り響かせていた。
私はやっとのことで布団の中から腕を伸ばして、スマホを手に取る。

“越前リョーマ”
着信画面に出ているその名前を寝惚け目で確認して、私は通話ボタンをタップした。


「……ん、はい」
『ちょっと蘭。今何時だと思ってんのさ』
「……十時半」
『折角俺が態々日本に来てあげてるんだから、ちょっとは早く起きようとしなよ。で、何か俺に言うことは?』
「……寝坊した、ごめん」
『ったく…。待ってるからさ、早く来てよね』
「……ん」

通話が切れたのを確認して、ベットから起き上がり洗面所で顔を適当に洗う。歯磨きをしながら、下着を身に着けてVネックの白いTシャツに着替え、紺色のスキニーを履く。
鞄にスマホと財布とハンカチ類を突っ込んで、スニーカーを足に突っ掛け、家を出た。その間、合計約三分。我ながら女子とは到底思えない速さだ。例え少しお洒落な街へ出掛ける時でも身嗜みにはとことん気を使わない──まずそんな洋服が家に存在しない──のが、昔から変えられない私の悪い所であった。自覚していても、こればっかりは暫く直せそうもない。




少し急ぎ足で待ち合わせ場所の駅前へと向かうと、久しぶりに見た、けれどもう随分と見慣れた少年が木陰に立っていた。相変わらず小柄な男子だ、持っているキャリーバッグがやけに大きく感じてしまう。
走ってそこへ駆け寄ると、その猫目がこっちを向いて私を見据えた。嗚呼、相変わらずの三白眼、変わってない。


「久しぶり。ごめん、寝坊した」
「ホントしっかりしてよね。て言うか、ちょっと蘭、お前寝癖付いてるんだけど」
「え、マジ?」
「マジ。全く…いくら急げったって、髪の毛くらい櫛で解かしてくるなりしなよ。それに、今日だってまたそんな格好だし。もう中学生なんだから、スカートくらい履いてお洒落の一つや二つくらいしてみれば?」
「でも私、家にあるスカートなんて立海の制服しかないんだけど」
「…ホント女としてその発言はどうかと思うよ、俺」

そう言いつつ、私の髪の毛を手櫛ですいてくれるリョーマは、何やかんやで良い親友だ。
今日だって、セイントユース小での昔馴染みの私とまめに連絡をし合い約束を果たし、朝一番の飛行機で日本に帰国してくれている。


これも偏に、私に友達と呼べる人間が少ないからだ。思ったことを脊髄反射的にズバズバと言ってしまう質の私だが、自分の意思表示をはっきりすることが一般的とされるアメリカでは許容された。しかし、それが日本に根付いた奥ゆかしい文化の中で通用する訳がなく、況してや相手は空気を読むことが大切にされる中学生女子の社会だ。中学入学を機に日本へと帰国したものの、偶に軽く話をする程度の人間はいるが、女子の友達は未だ一人もいない。神経の図太さには自他共に定評があるけれども、偶には私だって気兼ねなく会話を楽しみたいのだ。
こんな話を、リョーマと国際電話でするのが、私の週間だ。そして偶に日程が合った日に、私が渡米するか、もしくはリョーマが来日するか、という生活を送っているのである。


「最近どう?女友達、できた?」
「そんな訳ないでしょ。この前も、海原祭の展示のシフトで軽く揉めた結果“蘭ちゃん言い方キツ過ぎ”って泣かれた」
「ホント、相変わらずだよね。ってかさ、海原祭って何?」
「文化祭、school festivalのことだよ」
「えー、呼んでくれれば良かったのに」
「馬鹿言わないでよ。それに、その日リョーマはテニスの大会だったし」
「まぁね」

リョーマと私は、周囲から良く似ていると言われる。しかし、確かにリョーマも生意気で口数は少ない男だけれども、彼にはカリスマ性が少なからず存在している。何処か人を惹き付ける…そんな力が。それに私は余り知らないけれど(数回大会は観に行ったが、その時の彼は全試合で快勝を収めていた)、彼はテニスがとても強いらしい。
だけど、私にはそれがない。それが彼と私との決定的な違いだ。どっちが劣等なのかは、言わずもがなのこと。


「リョーマは?」
「似たり寄ったり。テニスボール人にぶつける苛めしてた奴を、試合でボロ負けさせてやったらワンワン泣いて親に告げ口されて、後から親が学校に乗り込んで来て“うちの子に謝れ”とか言われた」
「めんどくさ。で?」
「何も悪くないのに、この俺が謝る訳ないじゃん。試合持ち掛けて来たのもあっちだったし。学校が仲介して、結局そいつの苛めがばれてお咎めなし」
「へぇ、結構やるじゃん」

そんな話をしながら、私は自然と彼の左側を歩いてキャリーバッグを二人で引っ張りながら歩き出す。リョーマはいつも右肩にテニスバッグを担いでいるから、これもいつものことだった。

その時である。


「おーい!蘭ー!そんなとこで何してんだよー!」


声の主は見覚えのある重そうなテニスバッグを肩に担ぎ、ぶんぶんと大きく手を振りながら駆け足で私たちのもとへとやって来る。

──何でここに、切原がいるのだ。
声を無視して、頑なにリョーマへと目を向ける。すると、私の後ろの方向からやって来る彼を見たリョーマの整った眉が顰められて、不機嫌そうに言った。


「…アイツら、誰?」
「あー。学校のクラスメイトと、その先輩」
「あの人たち、もしかしてテニス部?」
「らしいよ」
「…ふーん?」

一気に不機嫌になってしまったリョーマと、普段の私への態度からして明らかに空気を読むことができない切原。
これから起こるであろう嫌な予感に、私は頭を抱え込みたくなった。

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春風