唐松に寄り添って - 春風
鳴り響く警告音

視点:越前リョーマ


俺には遠山蘭という幼馴染、兼好きな女がいる。当の本人は俺の好意には全く気が付いていないけど。コイツが鈍感なのは昔からだから仕方ない。

俺は今日、アメリカから日本へと来ていた。理由は勿論、蘭に会う為。けれど案の定、俺と同じでとっても朝に弱い蘭は思い切り寝坊をして、俺は駅で少し待ち惚けを食らう羽目になった。でも蘭だから全然許せるし気にならない。待つのが苦になるどころか、今から蘭に会えるのだって思うと、待つ時間を嬉しくさえ思う。これが他の人間だったら、俺は待てる自身がない…これも惚れた弱みってやつなのかも。


「(…あ、来た。ってアイツ、寝癖付いてるじゃん)」

待ち合わせ場所の駅にやって来た蘭は相変わらず中一には思えないほどの垢抜けた美人で、けれど相変わらず生意気な面をしていた。その三白眼ホントどうにかならないの──俺も人のこと言えた口じゃないけど。蘭はファッションにはとても疎くて、今日も相変わらず適当な格好をしている。アメリカではそれで通用していたとしても、今は妙にお洒落な日本の都市に住んでいるんだから、ちょっとは気を使えばいいのに…と思うけど、蘭にそんなこと言ったって彼女は聞く耳を持たないのだ。
ったく、顔がこうだからどんな服でも似合うはずなのに、ちょっと勿体ない気がする。こーゆーのを日本では宝の持ち腐れ、って言うんだっけ?


「おーい!蘭ー!そんなとこで何してんだよー!」

蘭に会えて気分が良かったはずの俺。けれど、不意に聞こえて来た蘭の名前を呼ぶ男の声に、自分の眉が顰められるのが分かった。声の方向には、辛子色のジャージを着てテニスバッグを担いだ男が数人いて、その内の一人が手を振り回しながらこっちへ向かって猛スピードで走って来ていた。


「…アイツら、誰?」
「あー。学校のクラスメイトと、その先輩」

無愛想な──俺も人のこと言えた口じゃないけど──蘭にあんなに明るく能天気に話し掛ける奴がいるなんて、信じられなかった。相変わらず女友達はいないって言ってたけど、まさかコイツ男友達しかいないんだろうか。学校でもずっと男といるのかもしれない…て言うか、よくよく考えて、女友達がいないんなら男友達といるに違いないじゃないか!…そんなことに気付けないなんて、俺もまだまだだね。


「…蘭、このチビ誰だよ?」

俺ら二人の前に急ブレーキを掛けて立ち止まったワカメ頭をしたソイツは、馴れ馴れしく蘭へと話し掛けて来た。すると初対面だけど構わずに睨み付けられ、それにチビとか言われて苛付いた俺は、負けじと隠さずにソイツを睨み返してやった。


「誰って──」
「別にそんなの、アンタには関係ないよね」
「ハァ?ンだとこのチビ!!」
「アンタにそんなこと言われる筋合いないんだけど」

蘭の声を遮ってワカメ頭を睨み付けて言い放つと、それから俺とソイツとでちょっとした言い争いになった。
すると、同じ辛子色のジャージを来た数人が遅れて俺らの所へとやって来て、その内の一人が静かな声でワカメ頭へと言った。


「赤也、人の往来があるんだぞ。少し落ち着け」
「でも柳センパイ!コイツが…!」

先輩サンに止められたにも関わらず、赤也と呼ばれたソイツは俺を指差して反論する。…凄いムカつくんだけど、何コイツ。


「ねぇ蘭、さっさと行こうよ。俺、腹減ったから何か奢って」
「…仕方ないなぁ」

制止されて若干静かになったワカメ頭にこれ幸いとこれ見よがしに仲良さをアピールすると、面白いくらいまでに顔が歪められた。コイツも蘭のことを少なからず思っているらしい…ただの女友達としてなのか女としてなのかは、今は取り敢えず置いておいて。
でもコイツは見た限り単純馬鹿そうだから、まだ色恋には興味ないんじゃないかな。もしもあったとしても、蘭がコイツにそーゆー感情を抱くとは到底思えない。


すると、ジャージの内の一人がワカメ頭を制して──と言うよりも押し退けて、妙にゆっくりとした足取りで俺らへ歩み寄って来た。


「やぁ、蘭ちゃん」
「…こんちはっす」

馴れ馴れしく蘭をちゃん付けで呼んだニコニコと柔和な笑顔のソイツは、男か女か分からないような整った顔立ちをしている。藍色掛かった癖っ毛のある髪に、薄い緑色のヘアバンドが映えている。
…明らかにコイツ、一人オーラが違うんだけど。

すると、更にソイツが続けた。


「あ。今日は真田には、他校との合同合宿の打ち合わせに東京へ行って貰ってるんだ。…ところで、この坊やは一体誰かな?」
「…アメリカから遊びに来た親友っす」

蘭が言った親友っていう言葉をくすぐったく感じると共に、恋人にまで進めていない自分自身に腹が立つ。でも今の所の蘭の反応を見るに、コイツらと蘭とは未だそんなに関わりは深くないらしい。

しかし。


「ふぅん、そうなんだ。…あぁ坊や、突然悪いね。俺は立海大附属中男子テニス部部長の幸村精市です。赤也が申し訳ないことをしたようだね、後でキツく叱っておくから勘弁してやってくれ」
「…別にいいっスよ」
「差し支えなければ、君の名前を聞いておいても構わないかい?」


そう言うと、幸村と名乗ったその男は俺をジッと見据えて来た。
微笑んではいるけれども、明らかに俺へと向けられる全身にヒシヒシと伝わって来る猛烈な敵意。どうやら、本当に注意すべきなのはこっちの男みたいだ。坊やとか言われてる時点で、馬鹿にされてるのは伝わって来るけど。


「…越前リョーマ。蘭とは幼馴染兼親友っす」

──今はまだ、ね。


聞こえるか聞こえない程度の小さな声でそう付け足してやると、視線の温度が更にグンと下げられた。

暫くの睨み合いの沈黙の後、気を取り直したかのように幸村は再び蘭へと穏やかな笑顔を向けた。対する蘭は相変わらずの三白眼だ。


「俺らはこれから隣町の中学との練習試合があるんだ。蘭ちゃんともっと話をしたいけれど…今日は無理そうだね」
「…そっすね」
「折角蘭ちゃんと休日に会えたのに名残惜しいなぁ…」
「…そっすか」
「残念だけど、また今度学校で…ね」
「…うぃっす」

幸村は、更に顔と顔とを突き合わせるように間近までと距離を詰めた。何が面白いのか、幸村はニコニコと笑みを浮かべて蘭を見ていて、蘭はそれを相変わらずの三白眼で、けれど少し怪訝そうな顔付きをして見詰め返している。


「じゃあね、蘭ちゃん。…それに、坊やも」
「…ちぃーっす」


何なんだ、この人の威圧感は。隠す気がないらしいその好意は、果たして蘭には届くのか。でもそんな怖い目したって、蘭はあげないからね。
コイツは、俺の唯一の、大切な人なんだから。


「…行くよ、蘭。俺、久しぶりにお好み焼きが食べたい気分」
「はいはい、好きなとこ入りなよ」


見せ付けるように繋いでやった手に、途端に鋭さを増した背後からの視線がグサグサと突き刺さる。けれど蘭は全く気にしていない様子だ。
…フン、お前らは毎日学校で蘭を拝んでるんだろ?けど、幼馴染の俺は、これくらい何ともなしにできるんだよね。見えなくなるまで精々、俺らを眺めてなよ。

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春風