唐松に寄り添って - 春風
幕は切って落とされた

視点:切原赤也


蘭と駅前で会ってからその後の三日間、俺はあんまり良く眠ることができなかった。夜中になるとゲームをして眠たくなるのを待つけど、結局ゲームも上手く勝つことができなくって、何だか超イライラする。
休み明け今日の朝練も碌に集中できなくって、朝から真田副部長に鉄拳を喰らわされたし、幸村部長からはグラウンドを20周走らさせられた。丸井先輩と仁王先輩は二人一緒になって汗だくの俺を揶揄って来るし、頼みの柳生先輩とジャッカル先輩は二人揃って朝の日直と生物委員会の仕事があるとかで朝練早退しちまうし。何で違うクラスなのに今日に限って被っちまうんだよ。アンタらのそれぞれのダブルスパートナー、いや〜な顔して後輩苛めて来るんだけど。何とかしてよ。
けれど柳先輩だけは「赤也、何か気になることでもあるのか?…相談したくなったら、すぐ俺に言え」と言ってくれた。あの人マジ神、ホント超大好き。

モヤモヤの原因は、間違いなく蘭だ。蘭だ、と言っちゃったらちょっと違うのかもしれない。正確に言うなら、昨日の昨日の昨日に蘭と一緒にいたあの白い帽子の男だ。アイツ本当蘭の何なの。


「…ああああーーっ!!ちょームシャクシャするーー!!」
「赤也〜そんなに髪の毛くしゃくしゃに掻き毟ったら、余計に酷くなるぜよ〜」
「あーもう!うっさいッスよ!」
「赤也ァ!仮にも先輩に向かってうるさいはないだろう!」

テニスコートだけじゃ足りないのか、ロッカールームでもまだ揶揄って来る仁王先輩を怒鳴って、俺は汗で湿ったテニスウエアを脱ぎ捨てた。真田副部長が何か言ってたけど、今の俺にはそれに返答するくらいの余裕なんてないんだ。


「あーかやっ」
「…何スか、幸村部長」


すると、まだ着替え終わっていない半裸のままの俺に、着替え終わっただろう幸村部長が満面の笑みを浮かべて俺へと声を掛けて来た。
一体何の用だろう。今の俺、幸村部長の言葉も碌に聞けるかどうかさえ分かんねぇってのに。

すると幸村部長は笑顔のまま、今の俺にとってはとんでもない命令を下して来たのであった。


「今日のお昼ご飯、蘭ちゃんと一緒に食べようよ。屋上まで連れて来てね」
「…え?!ちょ、幸村ブチョー!そんな、いきなり何言ってんすか!!」
「じゃ、約束したからね。寝ずにきちんと授業受けるんだよ〜」

そう言い置くなり、さっさと去って行ってしまった幸村部長。
…本当何だってんだよ。どうしようもないこの煮え滾る気持ちを抑える術を、俺は知らない。俺はまだガキだなら。何かもう、なんにも頭に入らなかった。

「…くっそ!」


──こうなったら、蘭に直接聞いてやる。俺がこのままの状態で耐えれる訳ねーし、はっきりさせてやるっきゃねぇ。





「…なぁ、蘭」
「…朝っぱらから一体何よ」

朝練の後着替えをしながらこのはっきりしない感情をどうにかしてやろうと決意した俺は、蘭が教室へ入ってくるなり、一気にその間を詰めて顔をグイグイと押し付けて聞いてやった。


「俺さ、お前に聞きたいことがあるんだけど…。土曜日に一緒にいた、あの白い帽子のチビについて、さ」
「…ああ、リョーマのこと」
「…ッ!!」

そう言ってほんの少しだけ口角を上げた蘭を目の前にした俺は、どうしようもない焦燥感に駆られた。


──何で、そんな甘い声でソイツの名前呼ぶんだよ…!


気が付くと、その細い手首を掴んで廊下を全速力で走っていた。

がむしゃらに走った先辿り着いたのは、何かあんまり使われていなさそうな埃っぽい国語準備室とかいう所。その扉をバン!って乱暴に開け放って、蘭を引き入れて扉を閉めた。
静かな教室では、俺が息をする音がやけに大きく響く。そんな肩で息をする俺とは対照的に、蘭は相変わらず平然としていた。…すんげームカつく。


「アイツと、どんな関係なんだよ…?!」
「どんなって…あの時に言ったはずだけど、親友だって」
「なら俺はッ?!」

細い手首を両方掴んで、力尽くで蘭の背中を壁に押し付けて、その蘭を囲むように自分の両手を壁へと押し当てた。

蘭の雪みてぇに白くて柔らかそうな頬の横に伸びる、今にも血でも滲み出しそうに赤い筋張った俺の腕。そんな俺の腕の中に閉じ込められている蘭に、ドクンッドクンと全身を血が高速で巡るのを感じた。
血が巡ると同時に、何だかどうしようもない感情に襲われる。何だコレ。自分、本当どうしちまったんだよ。


そんな自分を辛うじて残る少しの理性で抑えつけて、蘭の唇から出る、その次の言葉を待った。


「…友達、でしょ」


蘭は暫くの沈黙の後、ポツリとそう言った。
グサリと、胸に何か鋭い刃物がブッ刺さった気がした。


「やっぱ、そう、だよな…」


何だか力が抜けちまって、ガクンッとその場にへたり込む。

こんなこと分かってた、分かってたはずだ。俺だってそこまで馬鹿じゃない。あの男が、最近仲良くなった俺なんかよりずっと付き合いが長いことだって、分かってたはずなのに。でも、どこかで蘭に期待していたのかも…いや、そうに違いない。


「…まぁ」

すると蘭が、しゃがみ込んだ俺に合わせるように腰を下ろして、パチリと目を合わせて来た。
漆黒の瞳が真っ直ぐに俺を見詰めていて、俺はとうとう蘭と真っ正面で向き合うようになってしまった。蘭の綺麗な瞳には、顔が真っ赤になって半分涙目の情けない俺の顔が映っていた。


「……私は、アンタともうちょっと仲良くなってもいいとは、思ってるけど」


……。
え。え?


「……ッ?!」
「…ちょっと、何で更に赤くなってんの」
「えっ?!いや、えっ?マジ?蘭それマジ?」
「私は嘘なんて言わない」

そう言った蘭は、俺からプイッと顔を背けてしまった。その下された黒髪の隙間から、いつもより少し赤くなった蘭の耳がチラリと見えた。…これって、蘭も照れてるってこと、だよな?


「…ッ!!」

そんな蘭を見て、俺の胸には何かが込み上げて来た。…ヤバい、超嬉しい。


「……蘭ーー!!お前!ホント!!大好き!!」
「…ちょっと、きつく抱き付いて来ないでよ」
「お前ってホントツンデレだな!」
「…うっさい」
「ハハ!可愛いやつー!」
「ちょっと、頭グシャグシャになるじゃない」
「いいじゃん、俺とお前の仲だろ!」
「調子乗んないで」


ああ!何か超スッキリした!あんなにダメダメだった俺を一瞬でこうさせるなんて、やっぱ蘭って最高!!
今は蘭にとってはただの友達かもしれないけど、これからもっと仲良くなって親友になってやるからな!

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春風