唐松に寄り添って - 春風
幕は切って落とされた

視点:遠山蘭


切原に一体何があったのかは知らないけど、朝のあの一件には正直少し驚いた。…まぁ、別にアイツのこと嫌いな訳じゃないし、良いんだけど。

でも、流石にこれはないだろう。


「なぁなぁ、蘭」
「…何か用」
「あのさ、蘭って何が好きなの?」
「…別に」
「ならさ、これからは俺が蘭の好きな物探してやるからな!」
「…別にいいよ」
「そんな遠慮するなって!」


あれから切原は休み時間になると必ず、飽きずに私へと話し掛けて来るのだ。何がそんなに楽しいのか知らないけど、ニコニコと満面の笑みを浮かべて。席だって結構離れているっていうのに、態々私の方まで足を運んで。
お陰で私はクラスメイトからの視線をひしひしと感じている。しかも更に面倒臭いことに、切原はそれに気が付いていない。


「なぁなぁ、蘭」
「…全く、また何か用?」
「今日の昼、一緒にメシ食おうぜ!」
「遠慮する」
「そんなこと言うなってばー!」
「…何でそんなにも私に話し掛けるのよ」


すると次に切原は、何でもないことのように言って退けたのだった。

「だって俺、これからお前との仲をもっと深めてかなきゃいけねーんだからさ。な?これくらい頼まれろよー!」
「……ハァ」


思わず口からは溜め息が出る。…こんな小っ恥ずかしいことを面と向かって言うなんて、コイツ本当どうかしているんじゃないの。思ったことは直接言葉にして伝えるに限ると常々考えている私だけれど、これは予想外だ。
今分かった、コイツは“超”の付くど天然なのだ。これじゃあ弦一郎さんも苦労しているに違いない。でも良く考えたら、あの人も似たり寄ったりか。テニス部の行く末が不安になる。多分、他の人間がとても空気が読める人たちばかりなんだろう。


「な、な!だからいいだろ?」

もしも今の切原に尻尾が付いていたなら、ブンブンと勢い良く左右に振ってるんだろうな。

そんな呑気なことをぼんやりと考えていると、切原はいきなり私の腕を掴んで椅子から立ち上がらせた。


「ほら、行くぞ!」
「ちょ、切原。引っ張らないでよ」
「お前の弁当これ?あ、水筒も持ってくか?」
「…あのさ、私まだ行くなんて一言も言ってないんだけど」
「いいじゃん!俺とお前の仲だろ!」
「……ハァ」


コイツ、全然人の話を聞こうとしない。何て奴だ、朝のあれは失敗だったのかも。だが、後悔先に立たずとはまさにこのことを言うのだ。
あんなに浮き足立ったアイツを放っておくだなんて、今の私にはできっこない。


「(…コイツと関わり出してから、私が私じゃなくなっていくみたいだ)」

弁当と水筒とを人質に取られた私は、その背中をゆっくりと追い掛けるのであった。意外にも足取りは少し、軽かった。

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春風