唐松に寄り添って - 春風
幕は切って落とされた

視点:仁王雅治


ウォーミングアップを終えた俺たちは、ラリー体制に入った。
赤也とのラリーを続ける。ほぉ、何か調子ええみたいやの。これも蘭ちゃんパワーか。そうやとすると…ちょっと意地悪したくなるのう。


「あっ!!」


そう内心褒めたのも束の間、ボールはどデカい弧を描いて、コートの外へと飛び出していってしもた。

…コイツめ、言った側から何しとるんじゃ。早よしな、その吹っ飛ばしたボール、フェンスを囲う女共が取りに行ってしまうかもしれんやろ。そうなったら必然的に、奴らとしては少しは俺らと関われる訳で。
それに今日は、頼みの綱の真田と柳生は風紀委員の会議とかでまだ来とらんし。赤也、おまん巫山戯んな、集られたらどうしてくれるんじゃ。


「赤也!おまん、なんちゅーボール打っとんじゃ」
「マジですんませんッス!でも珍しくこの時間に蘭が見えたので、つい思わずあっちに気ィ取られちゃって…!」
「は?蘭ちゃん?」
「…おい赤也、その遠山の方向にボールが飛んでいったぞ」
「げ!!マジっすか?!」

ジャッカルの冷静な声に、皆がラリーの手を止めて一斉にその方向に目をやった。それを見た赤也は目を輝かせるなり、真っ先にブンブンと大きく手を振って叫んだ。


「蘭ー!こっちこっちー!」


赤也が叫んだ先には、テニスボールを片手にテニスコートを見つめる遠山がいた。
さっきまでキャアキャアと騒いどったフェンスに集る女共が、名前を呼ばれた蘭ちゃんへと鋭い視線を向ける。…これやから、このファンクラブとかいうややこしい奴らは嫌いなんじゃ。何で、俺らが少し声掛けただけやのに、そんな敵意満載の目で蘭ちゃんを見るんじゃ。


「…赤也、女の力でここまで届く訳なかろう。はよ取りに行きんしゃい」
「ちぇっ、はーいっス」


さっさと取りに行ったらんと、蘭ちゃんへの視線が強くなるばっかりじゃ。そう判断した俺は、赤也へ促した。この時ばっかりは、可愛いけれど能天気な後輩を恨んだ。

すると。蘭ちゃんを見ているブンちゃんが、怪訝な声を出した。


「…おい。まさか、アイツこっちまで投げようとしてね?」
「……は?」

見ると、蘭ちゃんはその場に鞄を置いて、テニスボールを右手でギュッと握り締めていた。
そして、すっと右肩を下げてボールを振り出す。


──空気が、ヒンヤリと冷え込んだような気がした。


空へ綺麗な弧を描いたボールは、一度もバウンドせずに赤也の手元へポスッという軽快な音をさせて届いた。


「「……」」


体の重心近くでスイングされて、最後までバランスを崩すことのなかった投球フォーム。…ただの帰宅部の女の子が、あんなんできるなんて。それもあの距離からノーバウンドで赤也の元へ届けるなんて。有り得ん。


「…え?……あ、蘭ー!サンキュなー!」

呆気に取られていた赤也と俺たちだったが、ハッと我に返った赤也が蘭ちゃんへと礼を叫んだ。
当の蘭ちゃんは、何でもないようにヒラヒラと手を振りスタスタと去って行ってしまった。


「…小柄な体格に似合わず、遠山は強靭な腕力を持っているようだな」
「……ふぅん、アイツやるじゃん」
「蘭ってアイツ運動できたのかよ?!俺聞いてねーし!」


冷静沈着に分析する参謀に、ワイワイと騒ぐブンちゃんや赤也、それを宥めるジャッカル。

去り行く蘭ちゃんの背中を、かっ開かれて震える瞳孔で見詰めておった幸村には、敢えて気付かんふりをしておいた。


「(…幸村の奴。何っちゅー目、しとるんじゃ)」


それに、テニスボールを投げた蘭ちゃんは、確かに口元にちょっぴり笑みを浮かべとった。目が人一倍良い俺やからこそ見えたんやろうけど。

…あんな蘭ちゃん、見たことあれへん。





夜中、何か妙に腹が減って財布片手に向かったコンビニで、俺は夕方の蘭ちゃんの姿を脳内で思い描く。
それにしても、やっぱりあの蘭ちゃんの身体、俺が今まで見た女の中で断トツの一番の極上品やった。ええなぁ…一回でいいから、蘭ちゃんのことギュッてしたいのう…。

俺がそんなやましいことを考えて内心ニヤニヤしながら、適当な菓子パンを手に取ってコンビニを物色していた、その時だった。ある人物と、バチリと目が合った。


「あ」
「……」
「……えっ、蘭ちゃん?!」
「…どもっす」

ルームウェアにぺたんこ靴を履いた蘭ちゃんが、アイスのコーナーにいた。

…いやいや、ちょい待て!


「どもっす、とちゃう!蘭ちゃん、女の子がこんな時間に一人で出歩いとったらあかんぜよ!」
「…なんか急にアイスが食べたくなったんで」
「まあ確かに、この時期のアイスは贅沢な気がするがのう…いやいや!でもダメじゃろ!」
「すんません。…んじゃ、さいなら」
「待ちんしゃい!蘭ちゃん、家まで送るぜよ!」
「結構っす」
「いーや送る!蘭ちゃんはコレ買うんか?ちょっとそこで待っとれ!」


蘭ちゃんが手に持っていたバニラアイスを半分奪い取る形で受け取り、会計をさっさと済ませた。出口へ向かうと、蘭ちゃんが小さな声で礼を言うのが聞こえた。


「こんくらい構わんよ。それより蘭ちゃん、女の子がこんな時間に外出って…感心せんのう」
「……すんません」
「…今回は許したる。今度から、夜中外出する時は俺に言いんしゃい。いつでも駆け付けたるき」
「…いえ、そんなのできません」
「俺、一人暮らしじゃき、平気。それに、俺が蘭ちゃんに会いたいんじゃ」
「……」
「そんな壁に沿って歩かんと、もちっとこっちに寄りんしゃい」


少し離れて歩く蘭ちゃんを、手首を掴んで自分へと引き寄せる。すると予想していなかったのか、蘭ちゃんの体がくらりと俺の胸板へと傾いた。


「(……う、わ)」


どさくさに紛れて、やってもうた。でも…嗚呼、なんてええ匂いなんじゃ。髪から匂うシャンプーの香りが落ち着く。たまらん。

体勢を立て直した蘭ちゃんがまた離れようとしたから、その手を強引に握り締めた。ビクリと警戒したように反応する蘭ちゃんには、敢えて気付かへんふりをする。
身体を強張らせた蘭ちゃんの気を紛らわすように、俺は態と巫山戯た声色で蘭ちゃんへと言った。


「蘭ちゃん、ええ太ももしとるのう。その短過ぎん膝上丈のルームウェアが、これまたソソルぜよ」
「……」
「そんな軽蔑した目で見んで。なあなあ、この前も思たんやけど、シャンプー何使うとるん?蘭ちゃんむっちゃええ匂いする」
「……忘れました」
「むー。また今度教えて欲しいのう」
「……あの、言ってもいいっすか」
「ん?何ぜよ?」
「キモいっすわ」
「ピヨオオオオ!ひどいナリ!」


やっぱり、蘭ちゃんは蘭ちゃんやった。





「…お前さん、問題なか?」
「は?」
「最近、赤也がよーけ蘭ちゃんと一緒におるじゃろ。」


俺は、ここ最近ずっと気になっとったことを蘭ちゃんへと聞いた。
すると蘭ちゃんは、相変わらずの無表情のまま、静かに言った。


「…守るとか守られるとか、あんまりキョーミないんで」
「でも、その原因は赤也じゃ。少なからず俺らが関わっとるし、俺らにかて責任はあるぜよ」
「私、そんなに柔じゃないんで」
「そんな強がらんでええ」
「…別に、強がってなんかいませんよ。これが私の素です」
「……例え真田がそれで騙されたとしても、詐欺師の目は誤魔化せんよ」
「……」


そんな俺に対して反応に困ったのか、蘭ちゃんは押し黙ってしまった。その隙を突いて、自分の電話番号とアドレスを書いた紙を、蘭ちゃんへと押し付ける。


「いつでも、頼ってええきに。…俺、蘭ちゃんとはちっと似とる気がしての」
「……」


蘭ちゃんにはまさしくこの言葉が似合うと思う──そう、一匹狼。

俺も一年の頃はそんなこと言われとったけど、俺には仲間ができた。下手したら、家族なんかよりも気が許せるような、そんな仲間が。
蘭ちゃんにも、そーゆー奴らが必要じゃ。ブンちゃんが言っとったけど、アメリカに住んどる親友とやらがいるらしいけど、そんな一人だけじゃこの人生乗り越えられる訳がなか。


だけど、それでも、蘭ちゃんは一人で戦おうとしとる。


「(…蘭ちゃんを支えられる、寄り添える人間になりたいぜよ)」

軽く頭を下げてマンションへと入って行く蘭ちゃんを見送って、踵を返す。俺はとある決意をした――だらしのなかった女関係を、スッパリと断ち切らんと。
蘭ちゃんの体に触れるなんて、こんな汚い手じゃできへん。全部片付けて、それからじゃ。


- 続 -

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春風