唐松に寄り添って - 春風
反撃の狼煙は上がる

視点:遠山蘭


事務室に申請を出して靴箱に鍵を取り付けて貰ってから、靴箱に対する嫌がらせは止んだ。けれど、こんなものどうせ一時的な対処に過ぎない。

朝登校すると、机の中に沢山の封筒が詰め込められていた。どうせ中には“消えろ”だとか“吊るす”とかいった誹謗中傷や脅し文句ばかりが並べられているのだろう。それに中には少し重みのあるものまであるから、カッターの刃やらが入れられているのかもしれない。何ともご丁寧に赤や黒といった物騒な色をした封筒に包まれて血糊のような赤いシールで封をされた手紙。それらを、開封することなく少し注意しながら全てビニール袋へと突っ込み、教室のゴミ箱に捨てた。
ヒソヒソと陰口を叩きニヤニヤと嘲り笑いながらそんな私の様子を伺っている、クラスの女子生徒は放っておいて。切原が朝練でまだ教室に来ていないのが唯一の幸いだと思う。


そんなある日の英語の授業中、授業用ノートを開いた私は瞠目した。


『テニス部に近付くな』
『赤也くんから離れろ』
『死ねクソビッチ』

置き勉をしていたそのノートいっぱいに、太く赤いペンを使って乱雑な字でそう書かれていたのだ。…まるで血液のような、どす黒い赤をしている。手の込んだものだ。
思わず顔を顰める。その賎劣な内容についてではなくて、ノートそのものについてだ。私は比較的ノートをしっかりと取る性質をしているのに、そのノートを汚されたのだ。これには流石に、私の苛立ちのパロメーターの数字が増す。


「(…この分だと、暴力を振るわれるのも近いかもしれない)」

そう思って落書きの全部に目を通していると、一番下に細い赤ペンでこう書かれているのが目に入った。


『今日の放課後、旧校舎の一階女子トイレに来い』


嗚呼。やはり、私の予感は間違ってはいなかった。
旧校舎である海友会館は普段から人通りが少ないことで有名だ。これが所謂、呼び出しってやつなのだろう。





その日の放課後、私は手ぶらでその場所へと一人出向いた。これらの嫌がらせの首謀者の顔を見ておきたいと思ったからだ。


「あら。尻尾を巻いて逃げるかと思ったのに」
「ふ〜ん、時間通りに来たんだ?…わざわざ来るなんて、アンタ馬鹿じゃないの?」
「…呼んだのはアンタらじゃない」


そこに現れたのは、女子生徒四人組だった。制服はだらしなく着崩していて、弦一郎さんがここにいたら絶対に恫喝を浴びせると思う。化粧も濃くて、何だか甘ったるい香水の匂いがする。
すると、その内の一人が一歩前に進み出て、その顔に笑みを浮かべながら私へ言った。


「ねえ、遠山さん。……私たちが何を言いたいかくらい、あなたも気付いているわよね?」
「そりゃあ、あれだけ嫌がらせをされたら普通気付くけど。そんなことより、壊されたものの弁償ってアンタらがしてくれるの?」


バチン!

その途端、頬を思い切り平手打ちされる。避けることはできたけれど、敢えて避けなかった。──今私がやられておけば、後からこちらが有利になる。そんな下らない脳内図式が、私にはできてしまっていた。


「何なのこの女…!ホント超ムカつく!!」
「顔が少し可愛いからって、調子乗んな!」
「テニス部に色目使ってんじゃないわよ!」

そう叫んだ女が、バケツを持ち上げる。次の瞬間きはバシャン!!と大きな水音をさせて、私の体全身には勢い良く冷水が浴びせられた。


「アハハ!いい気味!」
「下着透けてますけどぉー?この淫乱!」
「…そりゃああなたが水を掛けたんだから透けて当然でしょ?そんなことも分からないなんて、アンタらってどうしようもないくらいに馬鹿なんだね」
「……ホント死ねばいいのに」


どうしてお前という奴は、いつも人を煽るような物言いしかできんのだ!
いつだったか、弦一郎さんにそう説教されたことが、頭を過る。でも弦一郎さん、ごめん。私は生まれてこの方、こういう奴だ。


「…まさかこれで終わっただなんて、思っていないでしょうね?」


すると、一歩前に出てニヤリと笑った一人の女が、右手に握ったそれを私へと見せて来た。


──何とそれは、鉄パイプだった。


「…ふーん。随分と物騒だね」
「ふふん、覚悟しておきなさいよ。その生意気な顔、二度と見られないくらいにまでボコボコにしてあげるんだから!!学校だって、とっとと止めればいいのよっ!!」
「…ッ」


振り上げられたそれが、私へ狙いを定める。幾らそれを扱うのが女だとは言え、当たったら当然私は怪我を免れないだろう。
殴られる。そう判断して、咄嗟に両腕を交差させて顔を庇う体勢を取った。

すると。


「ああっ!!真田副ブチョーッ!!こっち、こっちッスよ!壁打ちしてたら、こっちの開いてる窓から校舎の中にボール入れちまったとこなんスよねー!」


──良く通る声が、旧校舎に響いた。最近良く耳にする、あの声だ。この声を聞いてどこか心の内で安心をしてしまう自分がいることに気が付いて、内心少し動揺した。
しかし動揺したのは、相手とて同じ様子だった。


「あれって、あ、赤也くんの声じゃない?」
「赤也くんの声、結構近くからしたよ?!」
「真田だって!早く逃げなきゃヤバいよッ!」
「ッ、最悪っ!後もう少しだったのに!!」


すると彼女らは、最後の足掻きとばかりに私を一睨みして、何とも慌てふためいた様子でドタバタとトイレから出て行った。バケツも鉄パイプも、何もかもそのままだ。…見つかるの度胸もないなら、最初からこんなことすべきじゃないだろうに。


「…ハッ、クション」


小さくくしゃみが出る。あれだけ水を掛けられたからか、少し肌寒い。今日は体育がなかったから着替えだってないのに、この状態でどうやって家に帰れと言うんだ。


「人に水を掛けて良いのは、自分も掛けられる覚悟があるヤツだけでしょ…」

そんなことを考えて、滴る水滴を適当に払っていると。
急に扉が、壊れんばかりに音を立てて開かれた。


「蘭…!!」


──今にも泣き出しそうな顔をした切原が、そこにいた。
嗚呼、ホント最悪だ。ついに見つかったか。アンタのそんな顔、私は見たくなかったのに。

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