唐松に寄り添って - 春風
反撃の狼煙は上がる

視点:遠山蘭


「蘭…!」
「…何そのみっともない顔。全く、なんて情けない面してんの」
「……だ、だって蘭が、俺のせいで」
「別にアンタのせいじゃないでしょ。アンタが命令した訳でもないんだから」


その途端、私の視界は真っ暗になった。

自分が切原の腕の中にいるのだと把握したのは、その直ぐ後だった。心地良い高めの体温が、私の冷えた体へと伝わって来る。


「……切原。そんなことしたら、アンタまで濡れるよ」
「馬鹿野郎!!!今はンなこと言ってんじゃねーよッ!!」


私の肩をがっちりと掴み大きくそう吼えた切原の目には、今にも泣き出しそうにまでに涙が滲んでいた。更にその大きく丸い目は、今にも血が滲みそうにまで赤く充血している。
嗚呼、コイツ綺麗な翠色の瞳をしているんだな。こんな間近で見ることなんてなかったから、初めて知ったかも。


「…何でここが分かったの」
「……お前の、英語のノート。今日俺、英語の授業寝てたから…お前の借りようと思って、机漁ったら…ッ、こんな…!!」
「…あの下らない書き込み、見たのね」
「……俺ホント、アイツらぶっ殺してやりてぇ…!」
「…私がテニス部に近付いているなんてとんだ言いがかりだし、私は自分のことをクソビッチだなんて思ってない。事実に反する暴言なんて放っておけばいいのよ、相手にしていたらきりがないもの」


私がそう言っても、切原は私を抱く手を離そうとしない。自分まで濡れるというのに。中々に頑固な奴だ。


「お前は、こんなことされて…嫌じゃ、ねぇのかよ…!」
「…嫌も何も、ただ相手をするのは面倒くさいわね。私は、私が他人からどう思われようが、別にどうも思わない」

嗚呼、ここまで言うつもりはなかったのに。全くコイツは、何て小っ恥ずかしいことを私に言わせるんだ。


「──少しの大切な人が私のこと分かってくれているから、私はそれで充分だもの」
「……それって、俺のことだと思っていい?」
「当然」
「うわあああん蘭ーー!!!!」
「ちょっと、そんなに泣かないでよ!」


その直後、私は更に思い切り強く抱き締められた。間近にある切原のギュッと固く閉じられた目蓋の縁から溢れた透明な涙が、彼の頬を伝う。私の為を思って泣いてくれている切原に、少し申し訳ない気持ちが起こる。私は彼の背中へ手を回して、軽く一定のリズムでポンポンとその背中を叩いた。
すると、ヒック、と落ち着かずしゃくり上げる切原が、私を抱き締めたまま辿々しく言った。


「……頼むからさ、俺のジャージ、着て帰って。そんなカッコでお前を家まで帰せねーよ。な?頼む。いくら友達って言ったって、俺は男でお前は女だから、俺のなんてイヤかもしれねぇけどさ。でも、今日だけでいいからさ、俺のお願い、聞いてよ」


ヒックヒックとしゃくり上げながらそう必死に私へ伝える切原に、私は思わず口を噤んだ。
何で、アンタがそんなに必死になるの。何でアンタが、そんなに泣いてくれるの。


「……なら、頼もうかな」
「ッ、おう!」

返事と共にニパッと明るく笑った切原に、私も思わず笑いが漏れる。すると切原は驚いたように目を見開いたが、やがて直ぐにその目尻を下げて笑ったのであった。

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春風