唐松に寄り添って - 春風
反撃の狼煙は上がる

視点:遠山蘭


「…167、168」


親指一本での指立て伏せ。

──まずは基礎体力作りだ。試合まで余り日にちはないが、やっておくに越したことはない。
そう言って柳さんから渡された紙に書かれていたのは、男子テニス部員が一年時にこなす毎日の部活での体力強化メニューだった。それに一通り目を通して「…それの三倍で」と言った私の判断は、どうやら間違ってはいなかった。


「171、172」


柳さんは当初、いくら勝ちたいからとて無茶をするなと私を止めたが、私がメニューを淡々とこなす様を見てその意見を変え、更にはメニューを難易度の高いものに組み直してくれた。


「…186、187」


指立て伏せは、小学生の頃から難無くできた。けれど、ここまで回数をこなしたのは初めてだ。
頭皮から湧き出た汗が、頬へと滴り落ちる。一つのことにただ只管に取り組むのは、嫌いじゃない。


人よりも身体能力が高い自覚は昔からあった。一度気になって父さんに聞いてみれば、元より遠山の家系はこういうものらしい。


「…負けない」

あの女部長の顔を、脳内で思い描く。はっきりと思い出せるその顔は濃い化粧をしていて、まるで中学生とは思えない容貌をしていた。


「…私は、負けない」


これは私の意地みたいな、下らないものだ。けれど、負ける訳にはいかない。
相手がどんなに強かろうと、負ける訳には。


何かに熱中するということも、意外と悪くはないのかもしれない。切原や弦一郎さんがああまで泥塗れになって一つの小さな黄色のボールを追い掛ける気持ちが、少しだけ分かったような気がした。案外、敵に挑むことが楽しいと思っている自分がいた。


- 続 -

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春風