唐松に寄り添って - 春風
反撃の狼煙は上がる

視点:第三者


“女テニ部長が、あの遠山蘭へ宣戦布告をしたらしい”
──その噂は、瞬く間に学校全体へと広まった。それがレギュラー陣の耳に入るのは当然のことで、部活の後の部室にて、柳は幸村を始めとする他のレギュラーたちに尋問をされていた。
しかしそこには、切原の姿は見えない。それもそのはず、柳によって先に帰宅するようにと促されていた(と言うよりも帰らさせられた)からである。

すると、幸村が口火を切った。


「蓮二。あの噂のこと、君なら何か知っているんだろう?…それとも何、俺らには話せないような内容なのかい?」


その幸村の醸す空気に、柳は悟った──これ以上はもう隠せないな、と。
諦めたように小さく溜め息を吐くと、柳は静かにその口を開いた。


「……遠山が、縦割りの学級活動でテニスのシングルスに出場する」
「「!?」」

柳の言葉に、真田を筆頭として皆が驚愕の表情を浮かべた。


「何だと?蓮二、一体どこのどいつとだ?!」
「…女子硬式テニス部部長の児島瑠璃香とだ。次の学級活動の時間を使って球技大会を行うようだ」


柳の言葉に皆が沈黙する。その表情は皆複雑そうだ。それもそのはず、児島瑠璃香は幸村の現在の彼女なのだ。その彼氏の前では余り悪くは言えまい。
すると丸井が、尤もな疑問を柳に尋ねた。


「つーか、まず何でそんな小規模の学活でわざわざテニスなんてやるんだよぃ?出場できる選手だって少ないのによ」
「当初は縦の繋がりを深めるためにと企画された球技大会だ。そして、その内容も勿論、クラスが一丸となって行える球技のみ…つまりはドッジボールとバスケを行うはずだったようだ。しかし赤也の話では、何故か急にそこにテニスが追加されたらしい。それも──男子テニス部員は出場不可能にも関わらず、女子テニス部員は出場可能という、余りに理不尽な条件付きで、な」


その言葉に、更に皆は黙り込んだ。その反応を見て、柳は続けた。


「つまり、男子は皆初心者ばかりが出場するが、何故か女子は部長やそれ以下の者の出場が認められている。主催は二年の上、児島は体育委員を務めている。一年の意見なんぞお構いなしに自分本位に競技内容を決めることができる……いや。今のこの状況下では、その一年とて遠山が標的となることなど厭わないだろう」
「……つまり、仕組まれたってことかよぃ」
「随分と小汚いことぜよ」


すると、ガタンッ!と音をさせて、真田が立ち上がった。今まで座っていた椅子は思い切り後ろに倒れてしまっている。


「おい。真田、どこへ行く」
「決まっているだろう。その担任へと事情を問い詰めて、試合を止めさせる」
「いいや弦一郎、その必要はない」
「ッ!何故だ蓮二!!」

激昂した真田は、柳へと掴みかからんばかりの勢いでそう吼えた。しかし柳は、あくまでも平然とした様子で真田へと諭すような口調で言った。


「この柳蓮二が、何故今までお前たちに黙っていたのか…それなりの理由があることくらい、いつものお前であれば察するはずだろう。少しは冷静になれ」
「だが…!」
「遠山は言っていた──必ず勝つ、とな」


それに、皆が押し黙る。
テニス初心者である蘭が勝てる望みは低かろうに、そう宣言したという蘭に何とも言えない気分になる。


「アイツのことは、付き合いの長いお前が一番良く知っているだろう?…俺たちが何を言ったって、あの女は試合をするさ」
「…ッ、あの馬鹿者が…」


ギュッと力を込めて拳を握り締める真田。遣る瀬無い思いが真田の胸を支配する。
すると柳が、その肩にそっと手を置いて言った。


「遠山を責めてやるなよ、弦一郎。アイツはお前のことを思って、お前には言わなかったのだろう」
「…それくらい、言われずとも分かっておる」


真田の胸中をぎるのは、一度赤也のジャージを着ていた蘭の姿である。その時の蘭は、頭からビショビショに濡れていた。──きっと、あの時とて。

すると、今まで黙って一点を見詰めていた幸村が、その口を開いた。


「……何が何でも、試合を見に行くよ」
「…無論だ」
「お?真田が授業を抜け出すだなんて、珍しいこともあるもんぜよ」
「ならば仁王、お前は行かないのか?」
「何を言っとるんじゃ参謀、行くに決まっとるじゃろ。ま、幸村には悪いが、女テニ部長を応援する訳にはいかんのぅ」

そんな仁王の冗談めいた口調で言われたそれにも、幸村は無言だ。
すると柳生が、話を仕切り直すようにと柳へと質問をした。


「…柳くん、遠山さんの試合は何時からなのか分かりますか?」
「恐らく、テニスは他の二つの球技の最後になるだろう。…運の悪いことに、二年C組には部長やそれ以外のエースが勢揃いしている。唯一副部長は俺と同じクラスだが。それにジャッカル、お前はC組だろう。案としては、お前に様子を見てRINEをして貰い、もうそろそろ試合が始まるという時間になったら…」
「「なったら??」」
「皆で一斉に……トイレに立つぞ」
「「……」」


いつもの柳のあの無表情のままで言われたそれには、皆が思わず一瞬思考停止した。
そして暫く硬直した後、ドッとその堰を切ったように皆で大きな笑い声を上げた。


「ブッ、アッハハハハ!」
「ハハハッ、ト、トイレって!もっと他に言い訳はあるじゃねーか!」
「ック、フフッ、それは面白いね。授業をサボることなんて今までなかったから、少し新鮮だよ」
「幸村は真面目じゃのう、俺は何度も経験あるぜよ」
「幸村くんの初体験、ってか?アハハ!」
「仁王くんに丸井くん!授業を安易に休むなど駄目に決まってるでしょう!」
「「げ、柳生」」
「たるんどるにも程があるわ!!」
「「げ、真田」」


丸井と仁王のふざけた会話でその空気は何とか和んだが、皆の表情──特に真田と幸村の二人の表情は、重苦しいもののままであった。

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春風