唐松に寄り添って - 春風
衆目を集める一騎打ち

視点:幸村精市


とうとうその日になった。
ズボンのポケットに入れていたスマホが振動する。通知画面を確認し、俺はゆっくりと席を立って先生のいる教卓へと向かう。ついにジャッカルから一斉RINEが届いたのだ。


「先生、少しお手洗いへ行って来ます」


予め用意していた嘘の理由を言う。どのクラスでも俺たちレギュラーメンバー皆がこうしてトイレ宣言しているのかと思うと、少し可笑しくて口元に笑みを浮かべてしまう。
案の定、扉を開けるとほぼ同じタイミングで丸井と仁王、柳生の三人が廊下へと出て来ていて、思わず四人で笑った。何だか、変な感じだ。この発案者である蓮二も、何とも上手い具合に遊び心と嫌味を混ぜたものだと思う。
RINE画面を開いて、ジャッカルへと返信をした。


──ついに、この時がやって来た。大袈裟だけど、俺は本当にこの時そう思った。
皆が廊下へと出たところで、テニスコートへと足を進める。今から向かうそこは、偶に授業で使う他に、普段女テニが練習している場所であった。

俺がRINEを終わらせて顔を上げると、仁王が隣へ来て俺へと尋ねた。


「そー言やお前さん、どっちを応援するんじゃ?」
「決まってるだろ?──勿論、蘭ちゃんだよ」
「……ふーん。彼女を応援せんなんて、随分と薄情な男やのう」
「フフ、何とでも言えばいいよ」
「…プリッ」


俺に詮索を加えようとしているようだけど、今の俺にはそんなの無駄だよ。とにかく今は、蘭ちゃんが勝つことを見守る他ないんだ。蘭ちゃんのあの意志の強い瞳を思い浮かべて、俺は一人息を吐いた。


下駄箱で靴を履き替えて外へと出ると、自然と三強で横へ並んで歩く。真田はいつもよりも眉間の皺が深く刻まれていて、蓮二はいつになく興奮している様子だ。勿論、ノート片手に、である。


「ねぇ。真田はこの試合、どう見る?」
「…蘭の運動能力には目を見張るものがある。だが正直、試合経過を見てみないと俺には分からんな。相手の女部長のことも良く知らんのだ」
「そうか。…蓮二は?」
「どうだろうな。ただ、遠山がどのような試合を繰り広げるのか、データマンとして身体が疼くよ」
「フフ。蓮二は随分と楽しそうだね」
「…遠山は、俺が提示した一年用の体力強化メニューを一瞥するなりその三倍にしろと言ってのけた女だ。興味深く思うのも当然だろう」
「へぇ。でも、本当にそれだけかい?」
「…さあ、どうだろうな」


全く、真田は本当に根っからの正直者の癖に、蓮二ははぐらかすのが何とも上手いことだ。
見えて来たそこには、フェンスを沢山の男女が囲んでいる。その中を目を凝らして二人の姿を探すと、あの特徴的な天然パーマの黒髪と、綺麗なストレートな黒髪を下の方で一つに括った体操服の後ろ姿が見えた。どうやら赤也は人目も気にせずに蘭ちゃんの側にいるらしい。確かにその方がいいだろう、何てったって今更だ。

俺たちがフェンスへと向かうと、周囲にいたギャラリーがザワザワと騒めき立った。それぞれ、俺たちが何故ここにいるのかという驚愕の表情を浮かべている。先生だって、こんな明らさまな横暴を止めなかった…いいや、止めようとしなかったんだ。少なからず関係のある当事者である俺たちが観戦していたとて、容易に文句は言えまい。
もしも後にそれぞれクラスを抜け出したことがバレたって、今はそんなことはどうだっていいというのが俺たち皆が総じて出した結論だ。
そうだ、何てったって今更だ。


「…そろそろだな」


蓮二が腕時計を確認して、ポツリとそう言った。
すると、審判台へと座ったテニス部の男子が、大きな声で言った。


「今から女子テニスシングルスの試合を始めまーす!プレイヤーズ、レディー!」


──とうとう、始まった。

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