唐松に寄り添って - 春風
改革へ向けての出立

視点:柳蓮二



結局遠山は、今回の合宿の(今のところは仮に)臨時マネージャーとしての同行を了承するに至った。遠山が参加を決意する確率は高かったものの、予想していたそれは決して100%ではなかった為に俺も胸を撫で下ろした。

しかし、遠山のそれに安堵したのも束の間、俺たち学生には付き物である十月末の中間考査が待ち受けられていたのだ。俺は勿論学年主席を取れる程の学力があるから良いものの、丸井や赤也などの面倒を見ねばなるまい。
取り敢えず俺を含めた三強は、遠山のマネージャー業務はその中間考査後から開始して貰うことに決定して、それをその日の内に放課後一人教室で課題をこなしている遠山へと伝えたのであった。すると遠山は彼女特有の返事(「うぃっす」と言って首を前に傾ける)をして、再び課題へと向き合い始めた。遠山は確かデータでは学力には特に問題のない女だったから、大して心配はいらないだろう。


そして今日は、考査期間が終了した後の初めての部活だ。今回の考査中は自主練にしており、皆はそれぞれの用具や備品を各自で用意していた。しかし、今日からは勿論違って、遠山が本格的にマネージャー業務を始めるのである。今日一日、俺は遠山にマネージャー業務を教えるという任務を精市から任された俺は今、フェンスの周辺で一足早く彼女を待っていた。
すると、荷物を手に少し早足でコート近くへとやって来て辺りを見渡す遠山。軽く顔の横へと手を上げて示すと、彼女はパッとこちらを見るなり俺の方へと駆け寄って来た。


「遠山、来たか」
「はい。…お世話に、なります」
「構わないさ、俺たちこそこれから世話になるんだ。そんなに固くなるな、お前らしくもない」
「…部活での言葉遣いとか、どうすればいいのか分かんなくって」
「普段通りで構わない。他の部員も慣れればその口調で大丈夫だろう」
「うぃっす」

そう言って首だけを傾けて俺へと挨拶してみせた遠山が、未だ制服であることに気が付いた。

「ジャージは必要か?どこにあるかは分からないが、Sサイズのものがどこかにあったはずだが」
「いえ、体操服持って来てるんで」
「そうか。着替えだが、もし部室で行うなら俺が扉の外で見張りをしておくが」
「いえ、あっちの女子トイレで済まして来ます。…次からは着替えてから部室に来ることにするっす」
「すまない。部室内にはマネージャー着替え専用のカーテンなどの設備もあったのだが、何せ長年待ってく使用されておらず取り外してしまってな。だが……ふむ、お前は相変わらず空気を読むことが上手いな」
「…それ、褒めてるんスか?」
「勿論だ」
「あんま嬉しくないっすわ」

俺へと明け透けにそう言い放って、手提げを片手に走って行った遠山。木の根元へと投げ出された女子用の正鞄を見て、思わず苦笑する。
どうもやんちゃな妹を見ている気分になる。元より末っ子の俺は、誰かに手を焼くということを、赤也というこれまた手の掛かる後輩が部活へ入って来るまでしたことがなかった。だからなのか、遠山に接していると、俺が見ていてやらねばという気持ちにさせられるのだ。尤も、彼女が黙って何事も世話を焼かれているような女ではないことぐらい、理解しているのだが。





「ではまず、これは俺が纏めておいた資料だ」

体操服に着替えて来た遠山を部室へと案内しながら、手元に用意していたマニュアル資料を手渡す。遠山は俺から受け取ったそれにざっと目を通す素振りをした。


月:全体ミーティング
火:基礎練
水:基礎練・練習試合
木:基礎練
金:レギュラーミーティング・練習試合
土:午前中は基礎練・午後は合同練習
日:練習試合(第2・4午前のみ、第1・3はオフ)


遠山が資料へ目を通している様子と丁度読んでいるであろう部分の内容を横目で見つつ、俺は話を進めることにした。


「普段は、大体その予定通りに活動している。見ての通り休みがほぼないせいか、自己管理がなってない奴らも多い。俺も注意して見てはいるが、正直なところ手が回っていない。お前には、できればその手伝いもお願いしたいと思っている」
「…切原見てれば何となく分かるっスわ。アイツは文武両道の文の字をどっかに忘れて来てますよね」
「ククッ、違いないな」

遠山との会話は中々に興味深い。元より頭の回転が速いのだろう、彼女は相手を見極めて少し面白い言い回しをして来る。計算高いというには少し違う(何せ彼女の行動には打算が微塵もない)が、中学一年にしては何とも賢い女だと思う。


すると遠山が、ホッチキス留めした資料の二枚目を捲った。それに合わせて、マネージャーの仕事内容を説明していく。

「まず…主な仕事としては、タオルやユニフォームを回収して洗濯をし、ドリンクを作りスコアを書き込む。部員が負傷した際に手当てを行うことも大切だな」
「テニスのルールは、この前教えて貰った通りっすよね」
「ああ」



練習時
・貴重品回収
・ドリンク作り
・タイマー読み上げ
・試合時のスコア記録
・部室の掃除
・道具運びの手伝い
・道具の手入れ
・グラウンド整備の手伝い
・応急手当、医薬品(エアサロやサポーター等)の常備
・消耗品の買い出し
・消灯、施錠
・部費や遠征費の徴収

試合時
・水や氷の運搬
・スコアラー
・ドリンク作り
・応急手当
・公式戦時の本部での来客者(他校)への対応、監督や審判への接待

合宿時
・洗濯
・食事の調理配膳
・清掃
その他練習時と同様


俺の用意したそれに一通り目を通した遠山は、その顔を上げて俺を見て言った。


「…さすが柳さん。これ、分かりやすいっス」
「それならば良かった。箇条書きにしただけだから、大した手間ではなかったがな。…ただ、仕事内容は中々に多いと思うが」
「私これでも一人暮らしなんで、粗方は大丈夫っすよ」
「そうか。全てしようと思わなくてもいい。ただ、できる限りやってくれるとありがたいというのが本音だ」
「了解っす」

そうして歩いているとあっという間に海志館にある部室へと辿り着いてしまい、俺は軽くノックをしてまずは準レギュラーと平部員の部室の扉のノブへと手を伸ばしたのであった。


「今日は平日の火曜日、つまりは基礎練を中心としたメニューだ。基本平日は七時から朝練を開始し、筋トレや素振り、ランニングを行っている。遠山の平日の起床時間は確か六時だったな?お前の家から学校までの距離を考えても、七時の朝練には充分に間に合うだろう」
「…それはキモいっすわ」

俺の喉の奥から漏れた笑い声は、扉を開く際に出たキィという音に丁度良く掻き消されたのであった。

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