唐松に寄り添って - 春風
改革へ向けての出立

視点:柳蓮二


「あ、柳先輩!」
「お疲れッス!」
「「チーッス!!」」

扉を開けたそこには、丁度着替え終わったのであろう一年らがそれぞれ脱いだ制服やドリンクタンクなどを手に身支度をしていた。彼らは俺の姿を見るなり、思い切り良く頭を下げた。いつも思うが中々に素早い反応と勢いのある良い挨拶だ、流石は弦一郎に鍛えられているだけある。

すると、その内の一人が、俺の背中に隠れてしまっている遠山へと目を遣った。


「…あれ?もしかして、遠山さん?」
「…あ、穂坂」

すると遠山は、俺の背中からその身を乗り出して、その男の名前を呼んでみせた。そうか、確か穂坂はあの試合の際に審判を務めていたから、その影響で話しをする仲になったのだろう。
しかし、他の部員はそうは行かない。その声と姿に、皆が驚いたように彼女を見た。すると穂坂は、遠山へとその特徴的な穏やかな口調で尋ねてみせた。


「…どうかしたかい?切原に何か用なら、俺呼んで来るよ」
「いや、その必要はないさ。──遠山は、今度の合宿の臨時マネージャーを務めてくれることになった」
「「え!!?」」

俺がそう言うと、そこにいた五人の一年皆が驚愕に目を見開いてみせた。五人が全員、その口を見事にポカンと開けているから、何だか思いの外可笑しい。

しかし、この反応は見ておく必要があるだろう。何せ、平部員には初のお披露目と言えるのだからな。
すると、穂坂の隣でドリンクタンクを持っている一人が、その口を開いた。


「……それって、結構嬉しいッスね」

その声を皮切りに、他の一年らも口々にそれぞれ反応を見せ始めた。注視してみたが、その顔は皆綻んでいる。


「俺ら一年って皆、ずっとマネージャー欲しいって言ってたもんな。だから本当助かる!」
「だよね。これで少し楽になればいいなぁ〜」
「遠山ってさ、穂坂からちょっと聞いたんだけど、この前の試合でマジ凄かったんだろ?俺も見てみたかったぜ」
「遠山って、見た目とは正反対でキャピキャピしてないって有名だよな。つーか俺ら話すの初めてじゃん。これから宜しく頼むな!」
「…遠山さんがマネージャーをしてくれるだなんて、本当に大歓迎だよ。これから宜しくね」

他の四人と共に、穂坂が遠山へと微笑んでそう言った。遠山はそんな五人に一度目をぱちくりさせると、少し口元に笑みを浮かべた。


「…こちらこそ、宜しく」
「「!!」」

その滅多に見られやしない遠山の微笑みに、五人は皆驚いてその口をまるで金魚が餌を求める時のようにパクパクとさせたのであった。





先程の五人が走って部室を出て行くのを見送ってから、遠山へと用具や備品の説明と共に、今日一日して貰う仕事内容についての話を進めた。


「今日は一先ずタンクで用意すればいいだろう。なんせ、人数が四十人はいるからな」
「うぃっす。人によって好みはあるんですか?」
「ああ、丸井などは特に甘いものを好む。だが手間だろう」
「いいえ、明日からはしますよ。ただ、今日は名簿を貰ってもいいっすか」
「ああ。手元にあるよ、すぐに用意する」

部室前に設置されているウォータークーラーにてそんな会話をしながらも遠山は、消費期限を確認し分量通りに粉を計り入れてクーラーで水を入れていく。一人暮らしなだけあり、流石やはり手際が良い。

それからレギュラー専用の部室へ向かい、そこで遠山へ説明を続けた。


「そして何よりも、今日して貰いたいのは洗濯だ。…目下の問題としては何よりも大きなものだろう」
「……男子ですし、体臭は仕方ないっすよ」
「先程の平部員らの部室は、普段から弦一郎が換気を呼び掛けてはいるものの、根本的な原因であるそれを解決しなければどうにもならないのだ」
「でしょうね。さっきの部室、結構臭いましたもん」
「……」
「まぁこっちの部室はまだマシっすけど」

本当、相変わらず明け透けに物を言う女だ。ただ、男としてこればかりは少し耳に痛い話である。


「洗濯機は乾燥機能が付いているが、内一つの古いものが干さなければ完璧に乾かなくてな。だが干す時間すらも取れないのが俺たちの現状だ。だから、それらを持ち帰るのが面倒な者は、随分と溜めてから各自分担して洗濯をしている。皆衛生的には良くないと理解してはいるのだろうが、中々に難しいようだ」
「これ、何台使っていいんすか」
「勿論この三台全てだが」
「へぇ、かなり優遇されてるんすね」
「何せ全国大会二連覇だからな。学校側にしてみれば大きな宣伝になっている、これくらいしても良いという評価は貰っているようだな」
「…道理で」

部室前に設置されている洗濯機に近付きその動作を確認しながら、俺に感心したのだか否か分からないようにそう零した。


「あ、いたいた。蓮二、蘭ちゃん。そろそろ部活開始するから、挨拶して貰おうと思って」

するとそこに、相変わらずニコニコと穏やかな笑みを浮かべた精市がやって来た。既にジャージ姿なところを見ると、直ぐにこれから全員で素振りを始めるのだろう。


「了解した」
「うぃっす」
「フフ、蘭ちゃん緊張する?」
「…別にしないっす」
「だろうね」


──さて、お披露目と行こうか。
これは一種の賭けなのかもしれない。だが、俺たち三強が見込んだこの遠山蘭という女だ、きっと期待には沿ってくれるであろう。

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