ハイキュー(転校生主) - 春風


転校することになる。
蘭は父からそう聞かされた時、子どものように嘆き喚くわけでもなく、ただ──またか、と内心溜め息を吐くのみであった。そして、目の前で申し訳なさそうに眉を下げて謝る父に、気にしないでと言って首を横に振った。

転勤族の父の都合で、今度は宮城へと来た蘭。蘭が幼い頃からもう幾度となく繰り返されているそれのせいで、引っ越しというものにはもう随分と慣れてしまったけれど、毎度荷物の支度が面倒だからそろそろ止めて欲しいともぼんやりと思う。このまま宮城に定住出来たらいいのかもしれない。しかしそう思う傍らで、それが彼の仕事の都合上中々難しいということも、蘭は高校一年生ながらに悟ってしまっているのだ。
男手一つで自分自身を育ててくれている父には、感謝の思いしかない。だからこそ、蘭は文句は言えなかった。

「あ、あの…一年一組の先生はいらっしゃいますか」

宮城県立烏野高校、登校初日。蘭はなるべく人目を避けて職員室へと辿り着いたは良いものの、その職員室で沢山の視線を浴びてしまった。

「お、アンタが東雲だね。どうだ、引っ越しの方は落ち着いたかー?」
「はい、ありがとうございます」
大勢の先生たちのその中からようやく探し当てた蘭の担任であるらしい一年一組の小野先生は、美人で気さくな、ショートヘアのよく似合う若い女性の先生だった。別に異性がとても苦手だとかいう訳ではないけれど、同性だということに気が楽になる。

「父さんが転勤か、ホント娘も大変だね〜」
「はい。…あ、これ書類です」
「はいよ。何か困ったことあれば、遠慮なく担任の私に言えよ。東雲のクラスは一組で、もう席は用意してる。なら、早速教室行くか」

そうして名簿を小脇に抱えて立ち上がった先生の後ろを追うようにして、廊下を足早に歩く。先生に連れられて廊下を歩くこの空気感が妙に懐かしく肌に馴染むような気がしたが、小学生の頃のように何も考えず、新しい環境というだけで馬鹿みたいにはしゃぎ回ることは、中身がこう捻くれて成長してしまった今となっては無理だろうとそのまま思考を放棄し、何気なく窓の外に目をやった。ずらりと並びそびえる桜の大木は、既にその花弁を辺りに散らしてしまっていて、葉桜へと姿を変えつつあった。
そうこう考えているうちに教室へと到着したらしい。少し扉の外で一人で待っているように言われて、蘭が小さく溜め息を吐く。

「東雲、入っていいぞー」

そう促されて、蘭が扉を開いて足を踏み入れる。ピンと張り詰めた緊張感には気付かない振りを決め込んだ。父の仕事と引っ越しの予定とが上手く噛み合わなかったせいで、こうして蘭は入学式から約一ヶ月も遅れてこの烏野高校へ入学した。気分はさながら転校生だけれど、小学校の頃から幾度となく繰り返されていて、慣れたために特に緊張はしないのが蘭だ。

教室へと身を滑らせた途端、一斉にこちらへと沢山の視線が向けられ、一瞬で教室がシンと静まり返る。この感覚は何度経験してもやはり慣れないと、蘭は僅かに顔を強張らせた。

「…東京から来ました、東雲蘭です。宜しくお願いします」

我ながら何とも簡素で何の面白みもない自己紹介と、軽いお辞儀の後に蘭が目線を上げてクラスを見渡すと、そこはザワザワガヤガヤと非常に落ち着きがない様子であった。
男子は前後や隣同士で何か話しをしているみたいだけれど、女子はそういう訳にはいかないらしい。意味ありげに目配せをしていたり、ヒソヒソなりコソコソと言葉を交わしていて、内心溜め息を零す。もう既に形成されている女子のグループの中に自分を偽り溶け込むということが、蘭はいつまでたっても苦手なのだ。


「んじゃあ、東雲は日向の後ろ席な。日向ァ、手上げろ〜」
「あ、ハハハ、ハイィッ!!」

先生のそれに手を上げてガタン!と椅子を倒して勢い良く立ち上がったのは、明るいオレンジ色のフワフワとした髪をした小柄な男子生徒だった。その口は忙しなくムズムズと引き伸ばされている。目を惹く色をしている髪の毛に、蘭は目を瞬いた。

「何か分からないことがあったら、日向にでも聞きな」
「あ…はい。ありがとうございます」
先生に座るように促されて、通路を歩いてその空席へと向かう。そんな中でも沢山の視線を浴びせられていることが分かってしまい、蘭は唇を引き結んだ。


「…東雲です、宜しく」

学校生活に関して、蘭は大して期待はしないようにしている。これが蘭がこの数年で学んでしまった──学ばざるを得なかったとも言えるが──自身で身に付けてしまったある種の防衛術なのだ。
しかし、そんな蘭の思惑は次の瞬間には吹き飛ばされてしまうことになる。

「俺、日向翔陽!ヨロシクな!」
「──!!」

ニパァッとした目に眩しい程の満面の笑顔に、毒気を抜かれてしまった。
今まで蘭が出逢ったことのないような、明るいその笑顔。裏表のまるでない、今まで見たことのないような溌剌としたオーラ。大袈裟なのかもしれないけれど、蘭はこの時確かに、その存在は彼の名前の通りに、まさに太陽のようだとさえ思ったのである。

「…うん。宜しくね」
「!!」

──その笑顔に、私が今この瞬間に一体どれだけ救われたかなんて、彼には分かりやしないんだろう。

この男の子とは仲良くなれたらいいな。きっと、腹の探り合いなんてものは微塵も必要ないのだろう。
蘭は直感的にそう感じたのである。

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春風