ハイキュー(転校生主) - 春風


今朝は、校内がやけに騒がしい。
清水潔子は、そんな妙な違和感を覚えながらも、校舎に足を踏み入れた。

登校時間はもう直ぐだと言うにもかかわらず、ざわざわと落ち着きがなくて、下駄箱には人が溢れ返っている。
新学年が始まってまだ一ヶ月しか経っていないのに、早々に遅刻してはいけない。そう思った清水は、人混みを掻き分けてやっと自分の靴箱へと辿り着き、ローファーを脱いで上靴を床へと置いた。それを足へと引っ掛けてトントンと爪先を軽く床に打ち付けて、いつものように曲がり角を少し早足で歩く。


「……!」

すると、下駄箱にあのように人がたかっていたのか、清水はその理由が分かった。ある少女が、ローファーを脱いでその真新しい上靴へと足を通すところであったのだ。

──絹糸のように柔らかく無造作に伸びた、夜空を閉じ込めて束ねた漆黒の髪が、まるでウェーブを掛けたようにふわりと波打って耳の影に広がっている。降り立ての白雪のような光の籠った肌をした、匂い立つ色気を放つしなやかな曲線を描く四肢。豊麗に成熟したその身体全体でたおやかな淑女を思わせるだけに、見ず知らずの男だけでなく女までもが虜になるのだろう。胸元の赤いリボンが、彼女の肉付きが良くて見事に豊満な乳房を更に主張させている。

何故なにゆえ、この子はこんなところで制服なんかを着ているのだろうか。そんな感情を抱かせる程にまでに、彼女は高校生とは思えない容姿をしていた。

すると、視線を感じ取ったのであろうか、彼女の顔がくるりと清水の方に向いた。中学校を卒業したばかりの高校生らしからぬ研ぎ澄まされた鋭い光を含み、遠い燈火のような冷めた色を湛える瞳をしている。すると、パチリとその目と目が合った。

「……」
「……」

清水は思わず、スゥ…と息を飲んだ。視線が交錯する。黒かと思った瞳は、光の加減で青く輝く。ゆるやかな曲線を描く頬は抜けるような白さ。
何て光を湛えた眼なんだろう。この子は一体、どのような環境で育ち、今までの人生をどのように生きてきたのであろう。そんな疑問を抱かせるような静かに凪いだ瞳は、言葉では言い表せぬ程に印象付けられた。

「コラァ東雲ー!アンタはいつも遅刻寸前に登校して!なーにのんびり音楽聞いてんだ、ちょっとは急ぎな!」
「…あ、スミマセン」

そこで、丁度職員室からの階段を降りて来た、恐らく彼女の担任なんだろう小野先生に呼ばれた彼女は、イヤホンを外して灰色のスカートを靡かせ、ゆったりとした歩調で下駄箱から教室までの廊下を歩いて行った。思いの外低い深く澄んだアルト調の声は、更に予想外にのんびりとした口調をしていて、それが清水をグンと一気に現実へと引き戻す。
さっきまでの静けさが嘘のように、突然下駄箱が騒々しくなった。皆が慌てたように自分の教室を目指して走って行くその流れに、私もさっと紛れ込む。この学校は年長者に厳しいシステムで、三年生が最上階。学年が上であるほど階段を沢山上がらなければならない。

清水が通り過ぎる際に横目で見た彼女は、相変わらずのんびりとした歩調で、周囲の視線を物ともせずに一年一組の教室へと入って行った。

「(…あ。ココって確か、日向のクラスだっけ)」

新しくできた元気の塊のような後輩の顔を思い浮かべて、そして例の彼女に対して湧き上がる好奇心を胸に抱きながら、清水は勢い良く階段を駆け上ったのであった。



「なぁ、知ってるか?!一年に超可愛い女の子が転校して来たんだってよ!」
「聞いた聞いた!一年一組らしいぜ」
「朝に下駄箱で見かけたヤツが言ってたけど、なんかすんげーエロい体してるらしい…」

それからと言うものの、授業中もこそこそとそんな会話が交わされていて、何となく皆がふわふわしていたように思う。
そんな中、当然女としては聞き逃せないような下世話な話もあったりして、私は何だか不愉快になった。そういう面では、男子バレー部三年は大して浮いた話もなく部活に熱心で──ただの部活バカとも言えるのかもしれないけど──良かったとも思う。


少し嫌な気分になった清水は、いつもの友達の誘いをやんわりと断って、弁当を片手に体育館の側にある自販機の方へと向かった。ここは昼間も人通りが少ない上に三人掛けのベンチもあって、穏やかな風がそよぐ。気分転換をするには丁度いいお気に入りの場所だった。

しかし今日は、そこに先客がいた。更にその先客は、朝に下駄箱で見惚れた彼女だった。


「あ…」

こちらを振り向いた彼女とパチリと目が合う。相変わらずの瞳をしているが、朝よりは幾分か穏やかな雰囲気だ。そこに拒絶の色は伺えない。彼女も私を興味深そうに見つめて来ているのだ。

すると、彼女がそのぷるんと潤った果実のような唇を開いた。

「朝、下駄箱で会った…」
「あなたは…一年生の転校生、よね」
「はい、そうです」

すると少女は、封を開けた栄養補助食品をベンチの脇に置いて、清水へ軽く頭を下げてみせた。

「朝はスミマセン。綺麗な人だなぁって、つい見惚れてしまいました」
「…私も、そう。あなたに見惚れて、思わずあそこで立ち止まっちゃった」

おかげで遅刻ギリギリだった。清水がそう続けると、蘭はごめんなさいと軽い調子で謝りつつも、その口元に手をやってクツクツと楽しそうに笑った。思いの外、成熟しきったその見た目の割に言動が年相応で、清水は何だかとても嬉しくなり、口元をむずむずと引き結ぶ。

「…名前、聞いてもいい?私、三年の清水潔子」
「三年生なんですね。私は東雲蘭です。…その、潔子さんって、呼ばせて貰ってもいいです?」
「…嬉しい。私、女の子の後輩ってあまりいないの」
清水がそう言うと、蘭も目尻を下げて笑ってみせる。その笑みを見て、清水は自分の口元が綻ぶのが分かった。彼女の隣に座り、清水は自分の弁当を膝の上にそっと置いたが、蘭の手元を見て唖然とする。小箱に入ったスティック状の栄養補助食品が、所在なさげにポツンと太腿に乗せられている。


「…蘭。まさかソレ、お昼ご飯のつもり?」
「あ、そうです。家に大量に買い置きしてるんで、朝はそれ引っ掴んで鞄に入れてきているんです」
「そんなのじゃ駄目。明日からはしっかりとしたもの食べなさい」
「でもコレ、実はこう見えて結構カロリーがあって、腹持ちもいいんですよ」
「でも、それはあくまでも栄養補助食品でしょ。高校生の間は成長期なんだから」
「……なんだかお姉さんができたみたい」
「なら、そのお姉さんの言うことはちゃんと聞くこと」
「はぁい」
「もう…返事は伸ばさないの」

そんな小さなやり取りに、二人してクスリと肩を震わせる。
何だか、この子とは凄く仲良くなれそう。部活では到底出来そうにないような、その容姿に反して可愛らしい後輩が出来て、清水の気持ちはグンと上昇したのであった。

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春風