鬼滅の刃 - 春風


【新鬼滅/伊之助姉】1


!attentions!
・当作品は『鬼滅の刃』の二次創作夢小説です。
・特殊設定及び捏造、原作[[rb:改 > ・]][[rb:変 > ・]]有り。
・誹謗中傷はご遠慮致します。
・不道徳且つ過激表現多数有り。
・夢主の名前表記有り。
・誤字脱字の可能性有り。予告無く加筆修正致します。
・キャプション必読です。
・上記に充分にご注意の上、閲覧をお願い致します。ご同意頂けない方は、ブラウザバックをお願い致します。


[newpage]


[chapter:碌でなしの贖罪道中《6》]


 鬼殺隊の仕事は熾烈を極める。鬼と対峙する任務は心身共に疲弊する。鬼の数は日々追うごとに増えており、異能を使う鬼とて数多い。鬼殺隊員としての経験を積めば積む程、凶悪な鬼と出会う機会は相対的に増えていく。身体能力にしても情報量にしても、市井の人々を背に守らねばならないという常に不利な状況の中で、迫り来る死の恐怖に慄きながらも、鬼殺隊の剣士は剣を振るわねばならないのだ。鬼を敵を前に逃亡することは、鬼殺隊の隊規違反となり斬首刑に処される。時に自ら肉の壁とならねばならぬ選択肢とて有り得る。指の一本や二本を失うことはざらにあった。無論、命を散らしていった鬼殺隊員は数多と存在する。殉職したとて、その遺体が五体満足で残っていることすらも稀有である。

 更に言うなれば、鬼殺隊は政府非公認故に一般市民の誰からも称賛を受けることはない。藤の家紋の家の者であらばさておき、命懸けの任務に遭遇し何とか奮戦の末辛うじて鬼の頸を狩り取ったとしても、謂れのない罵倒を受けることとて屡々である。ただでさえ命懸けの任務であるというのに、その上あちこちから投擲される心ない言葉に精神を病んだ末に、鬼殺隊を去って行く隊士とて少なくはない。


「…これはまた、随分と騒がしい街ね」
「トウキョウノ、チュウシンブデスカラ」

 泉が辿り着いたのは、もう夕方だというのに明るく煌びやかな繁華街であった。男女の楽しげな声、客を呼び込む声、。耳に飛び込んで来る喧騒に、泉はその眉を顰めた。


「……賑やか過ぎて、頭が痛い」

 岩屋敷は、いっとうに静かな山の奥にある。それは、五感のうちの視覚という感覚を持たない盲目である悲鳴嶼が、己の聴覚を重視して物事を判断しているという理由もあった。轟々と唸る滝の音、木々が風で騒めく音、鳥達の鳴き声、山紫水明のありとあらゆる自然の音が山を支配していた。

 故に、岩屋敷での日々は非常に静かなものであった。音を重視して行動する悲鳴嶼は基本的に無駄な会話をしない上に、泉も口数が決して多い方ではない。成瀬とて良く喋る男ではあるが、その声は穏やかに凪いでおり耳に聞き心地の良いものであった。
 その生活に慣れた泉の耳が、夕方の繁華街の騒音を容易に受け付けようはずもない。


「……」

 その上、酷く視線を浴びている。見られている。
 泉の腰の刀は、鬼殺隊が政府公認であればまだしも、廃刀令の敷かれたこの時代においては悪い意味で目立つのだ。政府非公認というのはこのようなところで厄介である。


「…疾風、おいで。路地裏に入ろう」

 泉が空へと手を伸ばすと、疾風はその白い指先に止まって、誘導されるがままに泉の左肩に乗った。右利きの泉に配慮してなのか、最早そこが定位置となってきつつある。泉は、己の頬をまるで擽るようにチョンチョンと突く鴉の小さな頭をくりくり撫で回した。


「アノネ、コウシテ、イズミサマトニンムニアタレルコト、トテモコウエイニオモイマス」
「……ふふ、ありがとう」

 嗚呼、いっとうに可愛い。泉は自身の口角が自然と緩むのが分かった。
 疾風を肩に乗せたまま、泉は己の気配を極限にまで無に返す。その身を翻して、近くの路地裏へと姿を消した。





 路地裏へと入り颯爽と足を進めていると、街並みは煌びやかな繁華街から一転して廃れた貧民街へと変化していった。路地は更に細く入り組み、辺りも。道行く人々がまばらになり、遂には片手で数えることができるまでに減っていった。細い路地に所狭しと並ぶ露店は、売り物自体の希少価値や法外な値段からして、明らかに違法営業であることが分かる。

「……」

 その上──後を、つけられている。泉は眉を顰めて内心で舌打ちをした。

 その存在に気が付いたのは、薄汚れた身形の男達が泉の後をつけ始めた直後のことである。気配は三人。人の気配というものに対して野生動物のように敏感な泉は、歩く速度を少しずつ速めつつも脳内で今からの対応を組み立てた。

「……」

 ここにいては面倒なことになると、本能がそう告げて来る。だが、背後の三人の輩は泉を無事に帰す気は微塵もないようである。悲鳴嶼が休暇の度に範囲指定を山に限定した鬼ごっこという名の修行をしていた泉からしてみれば、輩から逃げることなど無論赤子の手を捻るよりも容易い。その鬼ごっこの勝敗は言わずもがなである。しかし、この辺りで女性が立て続けに姿を消していることに、この男達が何か関連しているかもしれない。泉は覚悟を決めた。


「…疾風、少し離れていて」
「カシコマリマシタァ」

 疾風を黄昏の空へと飛ばして逃がすと、泉はその青み掛かった艶やかな黒髪をサラリと靡かせて勢い良く振り返った。すると、三人は特別驚いた様子もなく下劣な笑みを一層に濃くしてみせた。こちらをジロジロと値踏みするような、全身に纏わり付く気持ちの悪い視線を一身に受けた泉であったが、全く怯むことなく相手の男達をじっと観察するように見据えた。


「お嬢ちゃん、綺麗な黒髪をしているねぇ…」
「わお!後ろ姿じゃあ分からなかったが、顔もこりゃまた随分な別嬪さんじゃねーか!」
「おう…上玉だ」

 薄汚れて裾が擦り切れた着物に、露出した腕や背中に彫られた入れ墨。


「ッグ、アアアアアア!!!」
「…薄汚い手で触るな」


「質問に答えろ」

 胸倉を掴み上げる。


「し、知らねぇ!俺たちは、この町に来たのは最近なんだ!!し、信じてくれ!!」

「嘘を吐こうものなら……どうなるかくらい、当然分かっているわよね?」
「ああ!!神仏に誓って嘘じゃあねぇ!!頼む、信じてくれ!!」

 人の嘘というものは、存外顔に出やすいものである。死の淵にまで追い詰められた人間であれば、それは尚更のことだ。

「……」

 胸倉から手を離すと、完全に四肢の力が抜け切った男がその場にぐちゃりと体を折り曲げるようにしてへたり込んだ。


「……とっとと失せろ」

 男を引っ張る尻尾を巻いたようにそそくさと逃げて行った。


「」

「また一人、娘が消えたんだってさ…」

──耳に飛び込んで来た話し声に、泉はピタリと足を止めた。





「本当かい?この分じゃあ、暫く夜は出歩けねぇな」
「くわばらくわばら…」

 足を止めた泉には横目でチラリと見遣ると、長屋の前で小さな人集りが出来ている。瓦屋根の上に音もなく飛び乗ることで身を隠した泉は、その会話へジッと聞き耳を立てた。


「あれだろ?今度は確か、あの太助のところの姉ちゃんだっけか」
「ああ、あの美人で有名な」
「もうすぐ名士の倅んトコに嫁に行くことになってたってぇのになぁ…」
「人攫いだか何だか分からねぇが、ひでぇことする連中もおるもんや…」

 人集りの大人達が目をやる方向を見遣ると、幼い少年が膝に顔を埋めるようにして蹲っていた。きっと、噂の渦中にいる消えた女性の弟なのであろう。
 泉は人集りがそれぞれの長屋へと散らばって行ったことを確認すると、身軽な動作で少年の前に降り立った。


「……こんばんは」

 泉は取り敢えず挨拶をした。見知らぬ人間に対して自分から声を掛けたことなど、片手で数え上げる程しかないのだ。
 膝の間へと顔を埋めていた少年が、泉の声にゆっくりと顔を上げる。鼻と目尻とを真っ赤に染め上げ泥と涙塗れの頬した少年が、その小さな黒々とした瞳で泉をジッと見つめた。

「…お姉ちゃん、誰?」

 警戒心丸出しの訝しげな視線に、泉はどうしたものかと考え込んだ。泉の身長は、現時点で凡そ五尺五寸とそれなりにある。取り敢えず泉は、太助と呼ばれていたこの少年と目線を合わせるようにして、地面に蹲み込んだ。


「…あなたのお姉さん」
「!!」
「いなくなったって、聞いた」

 すると、少年の目に再び涙がブワリと浮かび上がって来た。みるみるうちに堰を切るように溢れ返ったそれは、げっそりと痩けた頬の線をポロポロと伝い、落ちた地面に真新しい染みを作っていく。
 

「ッ、みんな!!もう、姉貴が死んだって言ってやがる!!」
「…その話、良かったら詳しく聞かせてもらえないかな」

 泉が静かに尋ねると、太助がコクリと頷いた。けれど、こんなに泣いていては話せるものも話せやしない。泉が懐に忍ばせておいた手拭いをその小さな顔の前に差し出すと、少年は驚いたように目を瞬かせた後で辿々しく受け取った。師である悲鳴嶼が良く泣いていた故に必需品であったものが、いつの間にか習慣付いてしまっているのだ。


「…あなたのお姉さん、いついなくなったの」
「ふ、二日前。皆が皆、大して探しもしねぇでさ、死んだって言ってる。ヒック、父ちゃんも母ちゃんも、気落ちしちまって、まだ小さい弟も泣いてばっかりでさ」

 太助はその目元に泉の手拭いを押し当ててしゃくり上げながら何とか言葉を紡いでみせた。
 泉がジッと太助を観察する。齢は六か七といった頃合いか。身形や体型から察するに、それ程裕福とは言い難い生活を送っているようである。


「…あなた、お兄さんなのね」
「うん。だから、オイラがしっかりしなきゃって思って、あっちこっち探しに探したんだ。でも、ッ、いくら探しても探しても、姉貴どこにもいなくって」



「姉ちゃん、オイラの姉貴を探してくれんの?」

 泉の翡翠を、小さなつぶらな瞳が見つめる。


「オイラの姉貴、探してくれんの…?」
「ええ、探す。だから、情報が欲しい」



「この辺りでは、度々人がいなくなっているの?」
「うん、最近めっきり多くなったんだ。十日くらい前にも、姉貴と仲が良かった姉ちゃんも、どっかに消えちゃった」

 

「あなたのお姉さん、歳はいくつだった?」
「ヒック、じゅ、十六だよ」
「……そう」

 これまでの行方不明者の特徴と一致する。


「…あなたのお姉さん、最後にどこで目撃されたか分かる?」
「確か、あっちの山の麓だって。奥に古い寺があるけど、あそこは祟られてるって言って、みんなもう行ってないんだ」

 泉は少年が指差した方向を見つめた。確かに、高くはないが鬱蒼と生茂った山が聳えていた。
 人の気配のない古寺とは、いかにも鬼が好みそうな潜伏先である。


「…分かった。情報をありがとう」


「ッ、やだ!俺も行く!!」

 それを容認出来ようはずがない。

「あなたは危険だから、家で待っていて」
「やだ!!俺も姉貴を助けに行きたい!!」



「……お父さんとお母さん、弟もいるんでしょう?」


「あなたが、ちゃんとしなきゃいけないんでしょう。…励ましてあげて」

「あなたのお姉さんは、私が探す」



「姉ちゃん、名前は?」


「……泉っていうの」

「オイラ、太助。そんで、姉貴の名前は春子っていうんだ。春に生まれたから春子っていうんだって」
「…分かった」






「あ?なんだテメェ?」
 
 時折木々の隙間から下弦の月が覗く夜。森の中でも多少拓けた場所に、それは居た。

 肩口から露出した肌は浅黒く変色し、何本もの血管が浮かびあがる。手には凡そ普通の人には備わっていないような長い爪が月の光を反射し、口から覗く歯はギザギザと肉食獣を思わせる鋭利な形状をしている。


「見つけた」
「ハッケンシダイ、スグニコロシテヨシ」
「了解」

 かつて人だったものであり、今は人でないもの。即ち、鬼である。


 鬼が人間の足を抱え、貪り食っているところだった。


「正確には分からないけれど、少なくとも十人以上は食べてる。息のある人は……近くにはいなさそう」
「カシコマリマシタァ」
 
 泉は刀を未だ構えずに、鬼を眺めている。床には食い散らかされた遺体が無残に横たわっていた。


「なんだ、お前鬼殺隊か……?!」
 

 鬼の右手、そこには人の頭部が乗せられていた。既に顔の表面の皮膚という皮膚がなく、爛れた口元は苦悶に歪められている。とても人間が死に際に浮かべて良いような顔ではない。


「お前も、綺麗な顔をしているなぁ…」

 泉の髪は、青みがかった黒髪である。


「嗚呼、怨めしい…!!綺麗なお前らが怨めしい!!」
「──綺麗?」

 泉はいとも簡単に、鬼の前に躍り出た。刀は鬼の脚を薙ぎ払い、あっという間に脚を捥がれた鬼は当然床に無様に転がった。異能を発する間もなく、鬼は半ば呆然としたまま泉を見やっている。普通の隊士であらば、脚が再生される前にここで首を落とすところである。
 
 だが、泉は首を落とさなかった。
 

「ギィ、ヤァアアアアア!!!」
 
 それどころか、刀の刃が鬼の腹を生きたまま裂いていく。再生する側から刀が振るわれる。腹を裂くのに飽きたのか、泉は鬼の体を刀で貫いて、そのまま寺の壁に串刺した。
 
「ぐ、ぇぇ!?」
「……痛い?」
 
 壁に磔になった鬼を見て何を思ったか、泉は鬼の傷口に手を入れる。
 
「はーッ、はーッ、お、おま、お前、食い殺してや、ぁああああああ!!!」
 
 泉は鬼の臓腑引き摺り出した。壁に縫い付けられた鬼は、何の抵抗も出来ない。
 

「…私、こんな普通の顔をしているけど、到底まともじゃないの」

「あなたのようなどうしようもない悪鬼羅刹を見ていると、まるで自分自身の生き写しを見ているみたいな気持ちになるわ」

 肉を断つ感覚が脳裏に鮮明に甦る。

「でも、私決めたの。どうせ死ぬなら、師範の役に立ってから死ぬって。だから私は死ぬまで鬼を狩る」



「鬼というのは、切り落とされた肉も繋がり、傷などもたちどころに治る。ただの人としては羨ましい限り。…だが」
 
白い指が鬼の顎を撫で、まぶたにたどり着いた。
 
「痛いものは痛いのでしょう?」




「痛いわよね?」

「──その人たちも、そう思って死んで行ったのよ」
 
 何かが潰され弾け飛ぶ音がする。鬼の悲鳴が途切れない。
 執拗な拷問を繰り返し、泉は返り血で隊服を真っ赤に染め上げながら、


「痛い、助けて。お父さん、お母さん、痛いよう…助けて…」
「ギィャアアアアアアア!!!」
「あなたは、その懇願に少しでも耳を傾けた?」


「痛い、嗚呼痛い…。今の今まで幸せな生活を送って来たのに、何にも悪いことなんてしていないのに」


「お嫁に行くはずだったのに、これから楽しいことがたくさんあったのに、道を踏み外さず真っ当に生きて来たのに、どうしてこんなに酷い殺され方をされなきゃいけないの…?」


「そう思いながら、この人たちは死んで行った」


「──お前は、一体それをどう償う?」


 鬼は最初のうちこそ泉を殺してやらんと喚いていたが、切り刻まれ、目を潰され、腸を掻き回されているうちに、徐々に再生速度が落ちてくる。
 このまま嬲り殺されることに気が付いた鬼は、涙声になった。

 
「殺せ…いっそ殺してくれ…く、首を斬ってくれ……」

 涙声で哀願する鬼に、泉はぞっとする程に表情を削ぎ落としたまま言い放った。


「──地獄へ道連れだ」


 泉が鬼殺隊員として初めて殺した鬼は、顔の美醜に執着をするあった。



[newpage]


「!!」

全身血みどろのまま音もなく現れた泉に、太助は顔を青褪めさせた。


「あなたのお姉さんは、鬼という化け物に殺された」


「これ、あなたのお姉さんが死ぬ間際に…弟に、と」

「……」


「…どうやったら、アンタみたいに強くなれる」



「あなたのお姉さんは、きっとあなたが戦うことを望んでいないと思う」


「ッ、じゃあ一体どうしろって言うんだよ!!」


「鬼に殺されただなんて!!そんなこと言われて、ッ、俺が納得できるとでも思ってんのか!!」

「俺が、明日から普通に生活できるとでも思ってんのか!!」

「……また、来る」


「私が三回目ここに来た時、」

「その時にあなたの心が変わっていなかったら、私はあなたを鬼殺の道に誘う。だから、その時はあなたはご両親を説得しなさい」


「三回ここ来る前に、私は死んでいるかもしれない」
「!!」
「私、血濡れでしょう?……そういう世界なの」




「姉貴の形見を届けてくれて──ッ、ありがとう!!」
「!!」

 恨まないのか。罵倒しないのか。己の姉の命を助け上げることができなかった役立たずに、礼を言うことが出来るのか。

太助は、涙塗れで──笑っていた。


「絶対、生き残れよな!!」



「約束はできない。でも…まぁ、努力はするわ」
「アッハハ!!何だよそれ!!」

 鬼を狩るというのも、存外悪くはないものだ。
 

[newpage]

 肩から飛び去って空へと舞い上がる。泉の視界から消えない範囲で飛んでいることから察するに、どうやら道案内をしてくれているのであろう。

「」

「ソコデ、オトコノタイシト、ゴウリュウスベシトノコト」
「合同任務ね、了解」


「あ…階級壬の村田です」

「階級癸の嘴平泉と申します」



 恋仲の男女ばかりが狙われているという。


「……恋仲」


「仕方ないでしょう」

 やるしかないのだ。


「取り敢えず、服がこれだと恋仲には誤魔化せないし…藤の家紋の家を探そうか」
「そうですね」



「何それ、地図?」
「はい、師範が持たせて下さったので」
「……。過保護じゃない?」
「私もそう思います」

 ずっしりと重たそうな紙の束を何でもないようにして持っている様子から察するに、かなりの実力者なのかもしれない。村田は、





 着物を借りるのにもかかわらず汚れた身体のまま着るのは憚られて、泉と村田の二人は湯汲みをしていた。


「泉ちゃん、支度できた?」
「……すみません。髪が、まだ」


「……香油、ですか?」
「あ、俺髪に椿油使ってるんだ。その匂いだと思う」

「そうだ、泉ちゃんも使う?」

 突然の申し出に、泉は目を瞬いた。

「い、いえ。そんな」
「気にしないで。ほら、使いなよ」
「……ですが、高級なものでしょう。遠慮します」
「女の子なんだから遠慮なんてするものじゃないよ。はい、手出して」


「……髪結いが、苦手で」


「俺で良かったら、髪結おうか?」




「……お上手ですね」
「あはは、手先は器用な方なんだ」
「私はこういった類のものがてんで駄目です」

「男の癖に、女々しいとは思うんだけどさ…」

「私、好きですよ。村田さんの髪」


「あり、がとう」
「…?いえ」

 辿々しく礼を言った村田を見て、泉は不思議そうに首を傾げたのであった。





 身支度を整えた二人は揃って街へと出た。恋仲に見えるように、村田は


「そう言えば、泉ちゃんの呼吸の流派は何だっけ?」
「地の呼吸といいます。一応…岩の呼吸からの派生です」



「羨ましいなぁ…」


 岩の呼吸とは、文字通り岩のように頑強な防御に長け、筋力に物を言わせた荒々しい戦闘法も特徴である。足捌きや体捌きによって技の威力を底上げする他の呼吸法と違い、単調な力押しであるが故に弱点の無い呼吸である。それ故に、派生された呼吸法が少なく、現在使用している者はいないという。

 だが、泉がそれを生み出したことによって、その歴史は根底から覆された。


「俺は水の呼吸なんだけど、刀があまり色変わりしなくってさぁ…」


「足捌きがお上手ということですね」
「あ、いや。期待されても本当困るよ。多分、俺君より弱いし」






「地の呼吸 弐の型──」


「では、そちらをお任せしても良いですか」
「分かった!!」

 村田のように、後輩の指示を素直に聞き入れることが出来る人間というのは非常に極稀である。それも、泉は女であり村田は男。自尊心が強い男は鬼殺隊員の中にも多い。




[newpage]


 ここから先は泉に一任していると、村田は寺の入り口に立ち、成り行きを見守った。


「…コイツ、最終選別で友達を鬼にやられたんだ」




「…私の代は、私ともう一人以外は全員死にました。ですが──藤襲山の鬼は、全滅させました」
「!!」

「お前が……錆兎をやった鬼を、倒してくれたのか」


「どのような鬼か分からないために確証はありませんが…恐らく私か、私の他の一人か」





「少なくとも──ここで蹲っていい理由には、ならない」


「……錆、兎ッ」


「俺も、行く」



「お願いします」


[newpage]


「…悔しければ、お前も私を殺すために地獄から這い上がってこい。私は、何度だってお前という鬼を殺してやる」





「冨岡様、村田様、嘴平様。痕跡の隠蔽が終了致しました」
 
 森の陰から黒装束を纏った数人–––––隠の集団が現れる。ここに来る際に召集し、鬼殺の痕跡を消す為にあちこちで行動していたのである。
 冨岡も

「ご、ご苦労様です。……ご遺体の方は?」

 すると、肩を落として首を静かに横に振った。
 
「残念ながら…。あの女性の他には一つたりとも見つかりませんでした。恐らく、残らず骨まで喰らったものだと思われます」
「…そうですか。ありがとうございます」
 
 八十余名の遺体全てが見つからなかった、と言うことから今回の鬼の残虐さが滲み出ている。


「ご家族へは、手分けをして私共の方から説明させて頂きます」
「…宜しくお願い致します」



[newpage]


 柱以外の隊士は、吹けば飛ぶように次々と死んでいく。そんな慢性的な人手不足の鬼殺隊の中で、泉は確かな戦力である。ここまで戦える人材を任務に就かせない、と言うのは勿体無い。


「……あの、冨岡さん」
「……義勇だ」
「は?」


「……義勇と呼べ」

 全く訳が分からぬという面を晒している。

「あなたは私よりも年嵩ですし、階級も上でしょう」
「……敬語も、止めてくれ」

 人の話を全く聞かない冨岡に、泉の額にピキリと青筋が浮かんだ。




「……お前は強いが、心配だ」


「私、とっても強くて素晴らしい師範に鍛え上げてもらったんです。だから、そうそうは死にません」
「……」




「……また、会えるか」

 


「生きてさえいれば、いつかきっと」


-続 -


嘴平泉(11)


- 1 / 13 -
春風