シロツメクサの動乱 - 春風
水面下で育まれる淡い恋心

視点:第三者


蘭は図書室のカウンターに座って、軽く新着図書の整理をしていた。そこで不意にちょんちょんとその右肩がつつかれて、蘭は額の前髪を手の甲でそっと払いながら顔を上げる。


「…あ、リョーマくん」
「ちっす」

顔を上げると、三白眼をした猫目が作業中の彼女を詰めていて、彼流の挨拶と共にその黒髪の頭が小さく下げられた。
蘭は図書委員会に所属している。図書室のカウンターで本の貸出手続き作業をすることが委員の主な仕事で、二人組になって月数回の当番が回されるのだが、蘭と組んでいるペアは一年生の越前リョーマだった。


「蘭さん、今日は来るの早いね」
「そうなの。廊下の掃除当番だったんだけど、クラスの男子がゴミ捨て引き受けてくれたから、意外と早く終われたんだ」
「…ふーん」


図書委員の仕事、なんて言ったら中々小難しそうな聞こえだが、カウンター係といって生徒の本の貸し借りを担当するか、返却された本を書架へと戻す配架作業を行うか、司書さんの何でもない雑用を任されるかのほぼどれかである。そんな中蘭は、去年一年間図書委員を担当していたこと、それに加えて蘭の頼まれたことを断れない性格もあって、司書さんからは色々と面倒事を──仕舞いには力仕事までも──任されるようになっていた。

蘭も特にこの扱いに対して特に二言はなかったが、ペアになった越前は蘭に巻き込まれてしまうとかで蘭に対していつも文句を溢していた。当の蘭はいつもそれに対して苦笑を漏らしつつ越前を宥める、宥められた越前は仕方なく蘭と共に少し面倒な仕事をこなす──というのが、この委員活動中の一連の流れだった。
と言っても、蘭という一つ年上の女を揶揄うのを案外越前も気に入っていて、彼とて満更でもないのだ。そして、清らかで偽ることを知らぬ純真な瞳が自分を見詰める度に、また越前は心が奪われるのであった。


「で、蘭さん今日は何を任されたの?」
「えっとね…」

既にどことなく申し訳なさそうな顔をしている蘭を見て、越前はそう彼女へと尋ねた。すると彼は蘭に手を引かれてカウンターの裏へと連れて来られ、その光景を見て思わずハァ…と溜め息を吐いた。


「まさか…これ、全部運ぶの?」
「うん。司書さんに頼まれちゃって、その司書さんも何だか忙しそうだったから断れなくって…」
「ったく、蘭さんってホントお人好しだよね」
「うっ…」


そこには、みっちりと古書が詰められた段ボール箱が四個と、解体された幾つもの段ボール箱とが積み重ねられていた。


「…蘭さん、さっさと運ぼう」
「本当、いつもごめんね…」
「別にいいよ、俺の方が蘭さんより力あるし。それに、蘭さんが仕事終わらなきゃ俺部活行けないから」
「…フフ、ありがとう」

そう言った越前は、本が詰められて重たそうな段ボール箱を、ひょいっと軽々三つも一度に抱えた。
生意気で素っ気ない彼だが、こう見えて優しいところもあるのだ。蘭さんと呼んで慕ってくれるのも、何だか弟みたいで可愛らしいと、実際蘭も満更じゃないのだ。どっちもどっちである。


「その代わり、後でジュース買ってよ」
「いいよ。何飲む?」
「ポンタ」
「もう、駄目よ。私今日リョーマくんがお昼休みにポンタ飲んでるの見ちゃったもの。ポンタは一日一本までってこの前約束したじゃない」
「ちぇっ、蘭さんのケチ」
「そんな可愛く言ったって駄目なものは駄目です」
「…男に、可愛いなんて言うなよ」
「フフ、だって可愛らしいもの」
「…そんなこと言うんなら、もうおいてくよ」
「あ、待ってリョーマくん!」


スタスタと先に歩いて行ってしまった彼を見て、蘭は慌てて段ボールを一つヨタヨタと抱え上げる。落ちないようにしっかりと抱えてふと顔を上げると、少し先の廊下からこちらを見る彼と目が合う。その視線は直ぐに逸らされて背を向けて歩き出す彼だが、その足取りは酷くゆっくりとしている。蘭は不器用な優しい彼に笑みを溢し、まだ小さいけれど何とも頼もしい背中を駆け足で追い掛けるのであった。

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春風