シロツメクサの動乱 - 春風
水面下で育まれる淡い恋心

視点:越前リョーマ


「蘭さんって、確か華道部だよね」
「そうだよ、リョーマくんはテニス部だよね。やっぱりテニス、上手なんだ?」
「小さい時からやってるから、人よりできて当然だよ。それに俺、他の奴に負けたくないし」
「フフ、凄いね」


段ボール箱を抱えて運びながら、人気のない静かな廊下を蘭さんと二人で並んで歩く。

自然体で向き合ってくれるこの人の隣はとても心地良くて、俺は大好き。俺がどんなに無茶な我が儘言ったって、蘭さんはふんわりと微笑んだ後ちょっとぴり俺を窘めて、結局少しだけ眉を下げて妥協してくれる。
俺自身も、甘やかされている自覚はある。いきなり夜に電話を掛けて来た俺と長々と話をしてくれたり、図書委員で一緒になった時とか偶然会った時にジュースを買って貰ったり。この前なんか、部活がコート整備だけの日の放課後、俺がふと食べたくなった湘南にあるジェラート屋にも付き合ってくれた。いつもジュースとかを学校で奢って貰ってるから、流石にその時は俺が奢ったけど。交換して蘭さんの手で食べさせて貰ったラズベリー味のそれは、今まで食べたどんな物よりも美味しい気がした。


「私、あんまり運動得意じゃないんだよね…」
「確かに、蘭さん運動音痴っぽいね」
「もう、そんなズッパリ言わなくったってもいいのに…リョーマくんの意地悪」
「蘭さんが自分で言ったんでしょ」

そう言ってむくれた蘭さんの頬っぺたをツンツンしてやりたくなったけど、荷物を持っているせいで手が塞がっているからできない。ちょっと残念。

すると蘭さんが、微笑みを浮かべたまま俺へ目を合わせながら、相変わらずの穏やかな口調で言った。


「私は運動が全然できないから、テニスなんて尊敬しちゃう」
「…俺が華道なんて全く分からないのと同じだよ」
「うーん、そういうものなのかな?」
「そうだよ。人には得意不得意があるし、いいんじゃない。…まあ、いつか機会があれば俺がテニス教えてあげるけど」
「本当?私想像以上に下手過ぎて、多分リョーマくんびっくりしちゃうと思うよ?」
「別にいいよ。それに、俺がコーチしたらびっくりするくらい上手くなるかもしれないじゃん」
「フフ、頼もしいね」
「…その言い方、絶対信じてないでしょ?覚悟しときなよ、今度絶対ラリーできるまでにさせてやるから。これ約束だからね」
「フフ。分かった、約束ね」

蘭さんと二人きりでいれる時間を取り付けることができたことに、柄にもなく嬉しくなる。


「リョーマくんのテニス、またいつか見てみたいな」


すると、唐突にそんな嬉しいことを言ってくれた蘭さん。そんな蘭さんに俺の口元はだらしなく緩んでしまいそうになったけど、ギュッと力を入れてそれを抑え込む。


「別に、テニスコートに来ればいつでも見れるよ。…それに俺レギュラーだから、練習試合やラリーもメニューにあるし」
「え!リョーマくんって一年生なのにレギュラーなの?!」


すると蘭さんはそう叫ぶなり、思いっ切り目を見開いて俺を凝視した。

俺が一年ルーキーとか言われて結構有名なのに、蘭さんは今の今まで全く知らなかったみたいだ。蘭さんの顔が面白くって思わず笑いそうになるけどここはグッと堪えて、俺はちょっとむくれて拗ねた顔をしてみせた。よし、これで揶揄える。


「…そんなに意外?それはそれでちょっと傷付くんだけど」
「ご、ごめんね。そーゆう訳じゃなくって、ただびっくりしただけなの。許して」
「ヤダ、許さない。蘭さんの心ない一言のせいで、俺傷付いたよ?」
「本当にごめんなさい…」


シュンとした顔をする蘭さん。もし頭に耳が生えてるなら、きっと思い切り垂れ下がっているんだろうな。…可愛い。好きな子程苛めたくなるってアレ、本当にその通りだと思う。


「なら、俺の練習見に来てくれたら許してあげる」
「本当?…でも、テニス部ってとても女の子に人気なんでしょ?ギャラリーがいっぱいいるって、友達から聞いたことあるよ」
「まぁ確かに、言われてみれば結構女子が集ってるかも」
「やっぱり?練習の邪魔になるだろうし、私は止めておきたいな…」

そう言って逡巡してみせた蘭さんを横目に、俺はふととある場所を思い浮かべた。


「なら、俺にちょっと付いて来て。とっておきの場所、知ってるんだよね」




あれから段ボールを国語準備室に置いてから少しした後、俺と蘭さんはある部屋の小さな窓から、男子テニス部が練習に励むテニスコートを見下ろしていた。
と言っても、俺はサボっていることがバレたら手塚部長にグラウンド20周くらいさせられそうだから、見つからないようにちょっと窓の枠に隠れながらこっそりとだけど。


「うわぁ…!凄い良く見えるのね…!」
「ここって殆ど誰も来ないし穴場スポットなんだよね。…つーか、蘭さん危ない!!あんまり身乗り出し過ぎないでよね!!落ちたらどうすんのさ!」
「わ、ご、ごめん!」


三階のとある小さな準備室。人に使われていないにも関わらず案外埃っぽくなくって、昼寝には最適の場所だ。夕方になると西側の窓から夕陽が差し込んで来て、部屋全体が赤く染まる。自分が作った訳でもないけど、この景色は中々良いと思うんだ。


「どう?気に入った?」
「勿論、とっても気に入ったわ…!こんなに素敵な場所を教えてくれてありがとう、リョーマくん」

そう言って蘭さんは、俺に向かって花が綻ぶように微笑んだ。
蘭さんの笑顔を見ると、幸せな気持ちになる。敢えて例えるなら、テニスが本当に楽しいって思えたあの瞬間に、ちょっと似てるかもしれない。


「…別に」
「あ、でも…ここリョーマくんだけの穴場スポットだったのよね。私に教えてくれても良かったの…?」
「いいに決まってるじゃん。じゃなきゃ教えたりしないよ」
「…フフ、ありがとう」
「俺と蘭さんだけの、穴場スポットだからね。他の奴に教えたりしないでよ」
「勿論。私とリョーマくんだけの、秘密ね」

そう言って、ちょっと悪戯っぽく口角を上げてみせた蘭さん。

蘭さんが俺だけに笑ってくれている。この瞬間が、永遠に続けばいいのに。こんな俺らしくないことを考えてしまうのも、全部蘭さんのせいだ。蘭さんに話したら笑ってくれそうなこととか、見せたら喜んでくれそうなものとかをいつも探してるから、最近色んなものが視界に入るんだ。
俺の全ては、テニスと蘭さん──本当に心からそう断言してしまうくらいに、俺は幸せだった。


- 続 -

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春風