リビドーの混沌 - 春風
各々へ訪れる変革期

東雲泉

「うーん、どれも美味しそうだな〜。あ、泉は何にしたの?」
「唐揚げ定食ご飯大盛りに爆弾メンチカツ」
「…相変わらずよく食べるね」
「お前が少食すぎるんだよ。もっと食わねーと成長しねぇぞ」
「やめてよ!これでも気にしてるんだからね!」


昼休みの食堂は、戦場だ。そんな戦場に最初こそ尻込みしたものの、ほぼ毎日のように利用していると俺ももう随分と慣れたもので、俺は戦利品をトレイに席に着いて愛が来るのも待ち切れずにさっさと食べ始めた。今日は朝の走り込みをかなりハイペースにしたからか、腹の減り具合がいつもの数倍酷い。

優柔不断の愛が漸く天ぷらうどんが乗ったトレイを手に俺の向かいの席に座ったのは、俺がもう既に皿の上のものを半分以上食べ切ってからのことだった。まぁこれもいつものことだ。

「…遅ぇよ」
「ごめん!なかなか決められなくって迷っちゃったよ」


俺と愛がこうして食堂で昼飯を食べることは、火曜と木曜の週に2回と決めていた。それ以外の日は、朝作った弁当とコンビニで買ったパン──何せ燃費の悪い俺は、弁当だけでは到底足りないのだ──を、親友の橘ルイと授業終了後そのままクラスで食べたり、たまに中庭で食べてみたり、なんてことない高校生生活を送っている。
この火曜と木曜の愛との昼飯は、俺たちが入学してから、互いがヒートの時以外は欠かしたことがない。


「あ、そうだ。あのね…僕、ヒートの時だけ空き部屋に移動させてもらうことになったんだ」
「!!」


──愛がオメガとしての自覚が薄いことは、何となく分かっていた。まぁ、俺が過敏すぎると言われてしまえばそれまでだけれど。

だからこそ、あんなことが起こってしまったことについては、俺にとっても当然他人事ではいられなかった。同じオメガ…況してや親友がそんな状況に陥って平然としていられる程、俺は薄情ではないつもりだ。
火曜と木曜の昼飯は、俺たちが同じクラスではなかったために、一年の入学当初に俺から提案したものだった。

何かがあれば、俺が気が付くことができるだろう。そんな軽い思いからの提案だったが、今となっては互いに気を許して話せる貴重な時間になっている。


「…そーか。良かったな」
「うん!」

しかし、あれから愛は目に見えて明るくなった。
まるで憑き物が落ちたような友達の変化に、俺も安心する。


「あんまり難しく考えんなよ。何かあったらその時に考えりゃいい」
「そうだね。…また何かあったら泉に頼んでもいい?」
「馬鹿野郎、その何かが起こらないように最善を尽くせボケ」
「もう!泉は相変わらず辛辣すぎるよ〜!」

これもいつもの日常だった。元より口が悪い俺を、愛がふわふわとした口調で窘める。
そんな、いつもの光景。


「よぉ、隣座んぞ」
「あっ!松岡先輩、お疲れ様です!」
「おう」

──そこに、今日はとある人物が加わってきた。


「…どうも」
「おう、邪魔するぜ」

愛の隣、そして俺の斜め向かいに座った松岡という愛と同室の先輩に、軽く会釈をする。その特徴的な歯を見せて薄く笑ってみせた松岡さんは、確かに愛が言うようにいい先輩なのかもしれない──愛に、とっては。


「あ、そういや似鳥。お前、実家から荷物が届いたって寮母さんが言ってた」
「えっ、本当ですか!ありがとうございます!でも、この時期に荷物なんて一体何だろう…」
「俺が知るかよ」

「……」

何気ない会話ではあるが、その中でも松岡さんがこちらに意識を向けていることが分かってしまう。何とも…居心地が、悪い。


「あっ、いたいた。おーい泉!今日日直だろ!さっき先生が言ってた現文のノート集めしないと!」
「…あ、忘れてた。悪い」

すると、丁度いいタイミングで呼ばれたことに、心の中でルイへと盛大に感謝を伝える。呼ばれた俺は、最後の数口分残った米を掻っ込んで、トレイを持って立ち上がった。


「すんません、俺はお先失礼します。愛も、またな」
「おー、気にすんな」
「あ、うん!またお昼一緒に食べようね!」

トレイを片手に、足早にその場を後にする。俺を呼んだルイは、食堂の入り口で相変わらずニコニコと穏やかに笑っていた。


「ルイ、わざわざ悪いな。探したか?」
「いいよ、気にしないで。それにしても、普段しっかり者の泉が珍しいね」
「うるせぇ」


俺が気付いていないとでも思っているのだろうか──背中に刺さる無神経な視線には、気付かないフリを決め込んだ。

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春風