リビドーの混沌 - 春風
各々へ訪れる変革期

橘ルイ

──俺の親友の東雲泉は、オメガである。


「?…なぁルイ、ここにあったノートの山知らねぇか?」
「あ、それなら俺が先生の所に持って行っておいたよ」
「…、ハァ?」
「もう泉、ハァ?なんて言葉使っちゃダメだよ」

相変わらずその愛らしい見た目に反してとてつもなく口が悪い泉だけれど、去年からクラスも部活もずっと一緒の俺からしてみれば、この反応はもう慣れたものだ。


「え…?でもお前、さっき俺のことわざわざ食堂まで呼びに来たじゃねぇか!つーかまずお前、今日は日直じゃねぇだろ」
「だって泉、あの時困った顔してたから」
「…!!」

凄く驚いて瞠目する泉へ、ニッコリと笑いかける。俺が些細な表情の変化に気が付いたことにびっくりしているのか、はたまた俺がわざわざ泉を探しに行ったことか。…多分、どっちもだろうな。


「お前…あんな距離で気付いたのかよ」
「そりゃあ、泉のことなら何でも分かるよ」
「…。ホント、お前には敵わねぇな」

そう言って困ったように眉を下げて口元を緩めて泉に、釣られて笑った。


**********

泉と初めての出会ったのは、空手部に入部したその日だった。

「岩鳶中学出身、東雲泉です。宜しくお願いします」
「…!!」

泉の存在は、空手をやっていれば知らない者はいないくらいにまで名高い。その名を知らない者は潜りだと言われる程に、既に泉は全国的に有名だった。
けれど、まさか、鮫柄に来るなんて。何せ、泉が所属する流派と鮫柄高校とは流派が違うし、また泉はそれを理由に中学の間は部活には所属していなかったのだ。後で聞けば、自分自身の空手に対する間口が広がると思えば一時的な他流派での修練も悪くはないと考え、周囲からの同意を得て、高校の間だけは部活に入ることにしたようだ。

泉がこの鮫柄高校に進学し空手部に入部することは、今の今まで誰にも知られていなかった。しかし、それ以上に──泉がオメガであるということは、知られてはいなかった。
試合時の鮮烈な印象が強過ぎて、観客席の者は勿論のこと、直接向き合った対戦相手でさえ、誰も泉のバース性に疑問を持つ者はいなかったのだ。


しかし、泉はオメガだった。

それから泉は、流派の違いも何のその、部内で最強と謳われるまでにメキメキと実力をより一層と伸ばしていった一方で、部内における人間関係の形成にはとても苦労を強いられてしまっていた。
そんな中、アルファである俺の存在は、他のベーダの仲間にとっては良くも悪くも目立つ存在であるという点だけを見ると、泉とは同じ境遇に立たされていた。空手部にアルファがいないということではなかったが、ただ俺の学年にはアルファは俺一人しかいなかったのだ。

そういう背景があったことが泉と話すきっかけにもなって、そして今では学校にいる間は殆ど泉と一緒にいるまでに至った。


「ねぇ泉、何かあったら俺を頼ってね。約束だよ?」
「はいはい」

泉は強い。今まで自分自身よりも遥かに屈強な男たちを相手取り、数々の勝利を収めてきているのだから、その実力は確かなものだ。


しかし──もしも万が一、何かがあったら。それが、オメガである泉にはどうにも処理できないくらいのものだとしたら。
その時が訪れたら、俺が泉を守りたいのだ。

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春風