とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
初めて認識した女

「お前、また一人でいるのか」
「………」


トレイを置くなり隣の席にドスンと無遠慮に腰掛けた知り合いであるデカい男に、思わず眉間に皺が寄るのが分かった。
…何の用だ。ただの下らない嫌味を言いに揶揄いに来ただけだとでも言うのなら、とっとと視界から去れば良い。


「………悪いかい」
「いや。俺はただ、お前の交友関係を心配してやってるだけだ」
「…アンタなんかにとやかく言われる筋合いなんてないね。大体、何で朝っぱらからアンタの暑苦しい顔なんかを拝まなきゃならないんだい」
「…お前だけは、ホント相変わらずだなアニ…」


呆れたように私に向かってそう言うと、食事を始めたライナー。すぐ後に、その正面へとまだ眠たそうなベルトルトが腰掛けて、同じようにパンを千切って口に放り込んだ。

しかし、食事を始めてからと言うもの、たくさんの兵士らがライナーに向かって「おはようライナー」「なぁライナー、今日の午後の対人格闘術訓練のペア一緒に組もうぜ」などと挨拶をして来る。しかもライナーは「おう、おはよう」「いいぜエレン、手加減しねーぞ」とその一つ一つに対して律儀に返事をしている(時には談笑を交えることもある)のだから、驚きものだ。


「……そう言うアンタは、随分誰とでも仲良くなるんだね」
「あ?いや、そうでもないぞ。俺にだって、まだ話したこともない奴はいるしな」


例えば、ほら。あそこに座っている奴とか。
そう言ってライナーが指を差した方にチラリとだけ目線を寄越すと、一人離れた席に、ある人物がいた。

俯いて食べているせいで良く見えないけれど、あの華奢な体格からして、どうやら女のようだ。分厚いレンズの眼鏡に、身に纏う静かな雰囲気。そして何よりも目を引くのは、ポニーテールなんかよりも随分と下の方で無造作に黒いゴムで束ねられた、その長い黒髪。
一匹狼…などではなさそうだ。何せ彼女は、一般的な女と比較すると、容姿が地味過ぎる。と言っている私も派手ではないけど…。

そう考えて、はっとした。どうして私があの子のことなんかに関わらなくてはならないんだ。こんなことを考えるなんて、どうかしている。


「…人と仲良くなるのは勝手だけど、アンタも程々にしときなよ」
「分かってるさ」


そう言って笑ったライナーは、絶対分かってなんかいない。けれど、それ以上口を挟むのことも億劫だった私は、食事を再開させるべくスプーンを握り直しスープを啜ったのだった。

今日も私は、胸の奥の方に蔓延っている不透明な感情には気付かないフリをして、蓋をして閉じ込めるのだ。

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春風