とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
興味を持ち始めた存在

夕食前の食堂で、エレンと二人並んで課題を終わらそうとしていた時のこと。隣のエレンが不意にペンを動かす手を止めたので、私も動作を止めて、その様子を伺う。


「…なぁミカサ」
「エレン、どうしたの」
「ちょっと気になったんだけどよ、昼の食堂でアルミンが言ってた…えーっと…誰だっけなー…?」


その言葉の先に思い当たる人物の存在に、少し動揺してしまった。…良かった、エレンは気付いていない。
名前を思い出せなくてうんうん唸っているエレンに、助け舟を出した。


「……ラン・シノノメのこと?」
「あ、そうだ!確かそんな名前だったな」


でさ、ソイツって、どんな奴なの?
そう言ったエレンに、再び少し狼狽える。…何と答えれば良いのだ。


「………静かな女の子、だと思う」
「何だよ…そんなんじゃ分かる訳ねぇだろ。違うって。外見!外見の話だよ」
「彼女は………凄く、地味」
「…あのなぁ、ミカサ。そんなんじゃ余計に分かる訳ねぇよ……」


私の返答に呆れたようにエレンが溜め息を吐いてレポートの続きに取り掛かるのが分かったけれど、仕方がない。それ程までに、彼女の特徴は少ないのだ。

けれど、先程のアルミンを探して足を運んだ図書館で覗き見してしまった光景を、思い出す。


「………なら私も、あなたのこと、アルミンって呼ぶ」


そう言った彼女の声は、とても綺麗だった。たくさんいる訓練兵の女子の中で、絶対に一番綺麗。女子特有のあの甲高いものではない、正反対の声。


「………声」
「は?声?」
「そう…彼女は、声が綺麗」


不意にそう言った私にエレンが怪訝そうな表情を浮かべたけれど、すぐにもう興味がないとばかりにレポートを再開させた。
しかし。


「何だ?エレン、アイツのこと知らねーの?」
「は?アイツって?」
「当然、シノノメのことに決まってんだろ!」
「………」


私とエレンとの会話を盗み聞きしていたのか、数人の訓練兵がエレンに絡んで来た。その腕を、無遠慮にエレンの肩に回している。…汚い手で、エレンに触れるな。


「シノノメは、地味で不気味な気持ち悪くて分厚い眼鏡掛けてる女だよ。…女って言っても、アイツからは女っ気なんて微塵も感じられねーけどな」
「まぁ、アイツは影みてぇな奴だから、エレンが知らなくても当然さ」


ニヤニヤと下卑た笑いを顔に浮かべている男達のその言葉に、エレンが少し眉を顰めるのが見えた。


「…ソイツ、女なんだろ?酷ぇこと言うんだな」
「ハハ!エレンはアイツを知らねーから、そんなこと言えるんだよ」
「…何だよ、それ」


正義感の強いエレンは、男でありながら女の悪口を好き勝手に言う彼等が気に入らなかったらしい。
このままエレンが彼女を庇う様子を見せるなら、エレンまでが晒し者になってしまう。そう判断した私の行動は、早かった。


「…あなた達は、さっさと課題を終わらせた方が良い。……明日、教官から大目玉を食らいたくないのなら」


私が男達を睨み付けながらそう言うと、その男達は「ヒッ…!」と何とも情けない悲鳴を上げて、慌てて散り散りに去って行った。


「………」


彼女を庇ったつもりなど毛頭ない。私がエレンを護る為にしたこと。けれど…少し気が悪くなったのも、事実だ。

ラン・シノノメ。彼女に少し興味を持った。もしも彼女がエレンの敵になるようであれば、私はエレンを護る壁になるだけ。
…あんなに綺麗な声をした彼女がそんなことある訳がないと、頭のどこかで思ってしまっている自分の甘さに、ギュッと眉根を寄せた。

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春風