とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
偶然知ってしまった素顔

今日も午前中の座学で課題が出ていた。量は大したことはないが、その内容は応用が効かせられている難易度が高い意地の悪い質をしたものだった。自分が頭は良い方だと自覚しているが、流石の俺でも分からない部分が何箇所か出て来た。いつもならマルコに聞くし、今日もその筈だった。
けれど。


「マルコォォ助けてくれぇ!マジヤベェよ俺一つも分かんねーよぉぉ!」
「アルミンンン!お願いです!どうか私に救いの手を差し伸べて下さいぃぃ!!」


訓練兵の頭脳は馬鹿達で混み合っているし(まぁ元から死に急ぎ野郎の友達に世話になろうとは微塵も考えていない)、何しろここは(主にコニーとサシャの馬鹿二人が)五月蝿過ぎて集中出来ねぇ。

(アルミンは知らねぇが)どうやらうちの聖人君子様は、今晩は手が離せそうにない。そう判断した俺は、さっさと勉強道具を纏めそれを抱えて立ち上がった。すると案の定、きょとんとした顔をしたマルコが、コニーに教えている手を止めて俺を見上げて尋ねた。


「あれ?ジャン、何処か行くの?」
「あぁ、お前は忙しそうだから図書館で終わらせて来る」
「ジャン、悪いな!今日はマルコ様は俺が借りるぜ!」
「うるせぇコニー」

まぁたまには、一人で静かに頭を整理するのだって悪くない。心の中でそう納得した俺は、喧騒を背中に食堂を後にしたのだった。


**********


「………」

年季の入った古びたランプを片手に、もう片手で扉を押して首だけを入れて中を見渡す。…真っ暗で何も見えない。正直かなり不気味だ。明かりがないということは、今晩の図書館は無人なんだろう。元来、ここに来るには底冷えのする薄暗い廊下を通って来ないといけないせいで、夜は殆ど人はいないのだ。

ランプを体の前に突き出して、中へと足を進める。
しかし、だった。


「…っ!!」


思わず息を飲む。
そう。俺の目線の先にある机には、誰かがいた。いや、正確に言うなれば、机には誰かが突っ伏していた。


「…おいおい、ホラーかよ……」


本気で止めてくれ、心臓が止まる。激しい心臓の動悸を感じながら、足音を殺し耳を澄まして、そろりそろりと注意深くソイツへと近寄る。近付くにつれて、微かな寝息が聞こえて来た。…何だよ、寝てるのかよ…。

すると、ハッと気が付いた。ソイツの背後へと回り込み、確認する。
見覚えのある長い黒髪。兵士である俺等の中では、長い髪というのは比較的珍しい。しかも、それが黒髪であるのなら尚更だ。


「コイツ…確か……」


間違いない。あの噂の女、ラン・シノノメだ。机の上には、勉強道具に紛れてあのダサい瓶底眼鏡が置かれている。どうやら眼鏡を外して寝ているらしい。
そこで、俺はあることを思い付いた。


「(バレねぇ、よな…)」


単なる興味本位で、女の背後からその顔を覗き込んだ。
しかし。


「…ッ!!」


ガタン!
仰け反った拍子にかなりの大きな物音を立ててしまったが、んなもん今は、どうだって良い。俺は、一目散に、図書館を後にした。

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春風