警視庁のマドンナさん - 春風
謎の男とバスジャック事件

頭の下で震える携帯の振動で、心地の良い眠りから一気に現実に引き戻される形で目が覚めた。余り柔らかいとは言えず皆からは評判の悪い枕ではあるが、私はヒンヤリとしたこれを結構気に入っている。


「そーいや、目覚ましセットしてたっけ…」

ゴソゴソと手探りで携帯を探して、人工的な光を発して起きろと私に呼び掛けるそれをタップして止める。薄暗い仮眠室には、私が出す以外の物音はしない。案外上質な睡眠が取れたことに満足しつつ、体をウーンと最大限にまで伸ばした。ボキッと鳴る関節に思わず眉を顰める。…もう歳なのかしら。

携帯の画面はAM06:20を表示していた。取り敢えず、朝シャンでもしてさっぱりしてこの目を覚まそう。──今日も、一日が始まるのだ。


**********

「泉さん、おはようございます!」
「あらあら美和子、朝から元気ねぇ」

こちらにブンブンと大きく手を振り私の元へと廊下を駆けて来る彼女は、警視庁刑事部捜査第一課強行犯捜査三係警部補の佐藤美和子だ。
道行く男たちは皆、走っている彼女の姿を振り返り、厳つい顔してその頬を赤く染め上げている。全く、これだから美和子は。彼女を見ていると、自分の魅力に気付いていないということは罪なのかもしれないとすら思う。


「あ!泉さん、また仮眠室に泊まったんですか?」
「あらやだ、バレちゃった?」
「だって泉さん、今日の化粧ほぼスッピンですし、シャンプーの香りがするから…もう!ちゃんと家に帰って寝ないと駄目じゃないですか!」
「だって、今日提出の書類が終わらなかったんだもの。仕方ないじゃない」

そういう私も、一応警視庁刑事部捜査第一課強行犯捜査三係の警部をしている。私と丁度一歳差の美和子は可愛い後輩なのだ。同じ女性ということもあるのだろう、美和子も私に懐いてくれている──それこそ、化粧の具合や身に纏う香りで昨夜の私の生活を見抜かれてしまう程には仲が良い。


パンプスを履いた足でカツカツと豪快に足音を響かせながら、公務員にしておくには惜しい程にまで顔の整った美和子と一応性別的には女の私が、仲良く肩を並べて廊下を歩いていく。男連中にしてみれば「あのアマ、美和子さんの隣を堂々と歩きやがって…!羨ましい!」ってとこかしら?
警視庁のアイドル的存在である佐藤美和子が廊下を闊歩するもなると、周りの男性は勿論のこと、彼女に憧れを抱いている女性さえ目線を向けてしまっている。ってな具合で、並んで歩くといつも私は非常に居心地が悪い思いをしなくちゃならないのだが、美和子自体は非常に可愛い後輩なので仕方がない。

「東雲さん、佐藤さん、おはようございます!」と、勇敢にも声を掛けて来た男性刑事にひらりと手を振っておく。対する佐藤は明るい声でおはよう!と返して笑顔まで振り撒いている。…全く、これだから美和子は。


「泉さんは今日はどうするんです?」
「とりあえず午前は射撃演習ねぇ、昼からは例の強盗殺人の聞き込みだったかしら。美和子は?」
「私も今日は高木君と一緒に米花町の方を聞き込みです」
「全く、本当に物騒よねぇ」
「本当ですね。……!」
「…?」

そんなこんなで自分らの仕事場へと到着した私たちだが、美和子が突如黙り込んだ。どうしたのかと思い、彼女の視線を辿ってみる。その視線の先には…──私のデスク。昨晩のまま書類が入り乱れたデスクを前に眩暈がする。


「ちょっと!泉さん、何ですかコレ!机どうにかしないとダメじゃないですか!」
「だって〜」
「だっても何もありません!もう、ちょっと目を離すとコレなんですから!全くもう!」

プリプリと怒る美和子は可愛いけれど、その内容が内容なだけに自分が情けなくなる。だって……整理整頓、苦手だし…。
テキパキと手際良く私のデスクを片付けて行く美和子に、これじゃあどっちが先輩か分かったものじゃないなあと、私は思わず苦笑したのであった。

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