警視庁のマドンナさん - 春風
謎の男とバスジャック事件

「えぇっ!?バスジャック!?」
「……なんとまぁ、このご時世に全く豪胆なことね。ある意味感心するわ」
「泉さん!呑気なこと言ってないで早く行きますよ!」


更衣室を出て早めに職場へと戻ったところ、何やら騒がしくなっており、真っ先に私の耳へ飛び込んできたのは美和子の驚いた声だった。
バスジャック、という聞き慣れぬ恐ろしい単語に然程驚きはしなかったものの今現在、自分が今いる国が本当に日本なのかどうか疑う。まさかこうも簡単に事件がポンポン起こるとは思っておらず、ついつい溜め息が溢れた。世界一平和な国だと名高い日本は一体どこへ消えてしまったのかしら。
この警視庁に勤務し始めたのは数年前からだけれど、こんなにも騒がしい職場だとは思っていなかった。殺人は勿論のこと、ジャック事件なんて起こるはずがないと思っていたけれど、それは全くの検討違いであった。

東雲、佐藤はバスを後方から追跡しろ!情報は移動しながらだ!
目暮警部に指示を飛ばされ、了解!と美和子は勢い良く返事をする。私はそれにワンテンポ遅れて了解ですと静かに返し、私たち二人は揃って駐車場へと向かった。

美和子は自身の所有する真っ赤な車、マツダ・RX-7(FD3S)に乗り込みシートベルトを着用すると、アクセルを踏み込み急発進。私は愛車のスズキGSF1200Pに跨り、美和子を追う。
無線で伝えられるバスのナンバーを便りに居場所を割り出し、問題の所在であるバス目掛けてマツダとハーレーが追跡をする。その間に目暮警部が無線でバスジャック犯の要求を私たちへと伝えた。それを耳にして、私は思わず閉口した。


「……」

現在服役中の矢島邦男を釈放しろ、というものがバスジャック犯の要求だとのこと。先月、爆弾を使用して宝石を強奪した強盗グループの主犯。確か矢島邦男含め、計四人で行われた犯行だったかしら…?
宝石を強盗できればそれでいいのではと思ったが、矢島邦男は宝石ブローカーであり、つまり彼がいないと有り余った宝石が売り捌けないということらしい。…もしくは、その宝石がどこかに隠されており、場所は矢島しか知らないのかも。二十分後再度連絡すると言って、バスジャック犯は無線を切ってしまったようである。

目標のバスを発見し後ろにぴったりと張り付いてから、美和子が無線機を手に取り言葉を投げ付けた。


「こちら佐藤。ジャックされたバスは現在、高井戸方向へ向かって走行中!速度、約50キロ!!」
『こちらE地点、高木!問題のバス…見えました!被疑者は二名!どちらもスキーウェアを着用!帽子とゴーグルで顔は分かりませんが……、両名共拳銃を所持している模様!どうします、警部?』
『バスはもう一度そこを通るかもしれん!そのままそこで待機だ!!』

ハッ!と目暮の言葉に頷いた高木の言葉に首を傾げる。
もう既に二度発砲しているらしいので拳銃は本物であるとして、バスジャックの定番であるカーテンを閉める行為がされていないではないか。これじゃあどうぞ被疑者の人数を確認してくれ、と言っているようなものだ。
後輩である高木の言葉によると、銃を所持した被疑者は二名確認できたという。先月行われた宝石強盗自体には四名が罪を犯し一人が逮捕、二人がバスジャックを行っているとして、まだ一人残っている。わざと見せびらかすようにしてカーテンを閉めなかったのは明らかだが、裏を返せば確実に逃げ切る算段がある、ということだ。

上層部が乗客の命を最優先と判断を下した為、目暮警部が釈放を決定した。その事をバスジャック犯に伝えると、釈放した矢島に一時間後連絡をするように伝えろ、と言われたらしい。どうやら自身の口から安全な場所に逃げたことを確認をしたい様子。けれど、釈放時に渡す衣服や最低現の道具に発信器でもしかけるんだろうなぁとさして驚きもせず、目暮警部の言葉に耳を傾けた。

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春風