王様と猫 - 春風
慮外千万な逢着

頭の下で震える携帯の振動で、心地の良い眠りから一気に現実に引き戻される形で目が覚めた。余り柔らかいとは言えず巷では評判は悪いようで比較的安価で買えた枕だけれど、私はヒンヤリとした触れ心地で硬めのこれを結構気に入っている。


「そーいや、目覚ましセットしてたっけ…」

ゴソゴソと手探りで携帯を探して、人工的な光を発して起きろと私に呼び掛けるそれをタップして止める。薄暗い室内には、勿論だけれど私が出す以外の物音はしない。案外上質な睡眠が取れたことに満足しつつ、体を最大限にまで伸ばす。ボキッと鳴る関節に思わず眉を顰める。

携帯の画面はAM06:30を表示していた。取り敢えず、朝シャンでもして目を覚まそう。
──今日も、変わらない一日が始まるのだ。


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玄関の鍵を閉めてもう随分と見慣れてしまったマンションを出て、最寄りの駅へと向かう。
ポケットに入れていた愛用ミュージックプレイヤーを取り出して、ヘッドホンを繋ぐ。機器から伸びるコードが薄い青色にも関わらず汚れ一つ見当たらないのは、毎日欠かさず手入れをしているからだ。タッチパネルを操作して、いつも聴いているプレイリストの一番上の曲をタップする。

建設されてから一度も改装されていないというこの駅は、壁や設置物に所々錆や汚れが目立つ。快速電車は一応止まりはするものの、規模が小さい為か駅構内には売店すら置かれていない。何せ、見えるものを上げろと言われても、南方向に広がる一面の海だけが目を引くような何ともない駅なのだ。


「……?」

ICカードを取り出そうとポケットに片手を突っ込み漁っていると、切符販売機の前で立ち止まっている、明るめの髪をした人がふと目に入った。駅には人も疎らなので、立ち止まっていても特に迷惑になったりはしていないが、どこか困っているような雰囲気だ。券売機とその上にある料金表を、何度も交互に見ている。
近付いては覗き込むようにして、また顔を離し首を傾げる仕草は、何かをしなければいけないのは分かってはいるけれど、何をどうすればいいのかが分かっていないようだった。

きっと、外国人が初めて日本の電車にでも乗ろうとしているだけ、路線だってそんなに複雑ではないし、あの様子だとその内、見兼ねた駅員が声を掛けたりするだろう──つまり、私には関係のないことだ。
私がそう一人で自己完結させて、改札を通ろうと目を伏せて足を速めた、その時であった。


「オイ、そこの女」

不意に耳へと入った声に、反射的に顔を上げる。すると目の前には、その外国人が眉間に深い皺を刻んだまま私を見下ろしていたのであった。

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春風