王様と猫 - 春風
慮外千万な逢着

「……あの、何か?」

外国人のようなその見た目から来る想像に反して端正な日本語で話しかけられたことに驚きはしたものの、その言葉や態度から滲み出ている高飛車な様子に些か不愉快な気持ちになった私は、ヘッドホンを外さずに音量を少しだけ下げて、相手の男を目線だけで見上げた。


「聞きてぇことがある」
「……」

しかし男は、そんなこちらの様子なんてどこ吹く風で、勝手に私へと話し始めた。思わず顔を上げ、相手の顔をマジマジと見て内心で舌を巻いた──おいおい待ってくれ、こんな寂れた駅が全く似合わないようなとんだ美人じゃないか。
金に近い茶色の髪が揺れ、透き通るような蒼の瞳が私を写している。形の良い唇が揺れその唇から言葉が紡がれるのを、私はただその蒼い瞳の中に存在するもう一人の私を見つめた。

しかし次の言葉で、私はこの男に驚愕させられることになる。


「俺様に、切符の買い方を教えろ」
「……。は?」
「だから…切符の買い方が分からねえって言ったんだ」

視線を外されながら言われたその言葉に現実に引き戻されると同時に、それを理解するのに少し時間がかかった。咄嗟に訊き返してしまい、結果目の前の綺麗な人の機嫌は更に降下してしまったようで、元より低い声が一段と低くなる。

いや、何であなたの機嫌が悪くなってるいるのだ、そっちが聞いてきた側だろうに。


「……」

発言を頭の中で反芻する。
外国人の割に日本語上手くないか?切符の買い方?それに…ちょっと待て、俺様?

──見たところ私よりも年上に見えるけど、定期券を忘れたのか?いや、それはないだろう。切符の買い方が分からないのは、やはり電車に乗った事がないからだと考えるのが一番妥当だ。今まで電車に乗る環境にいなかっただろうか、それかやはりただの日本語が達者な外国人なのか。
衝撃が大きいためにいくつも疑問は浮かんで来たけれど、今はこんな事に時間を割いている場合ではないとその考えを振り払う。


取り敢えず、ただ今言えることは。
──幾ら外国人だからとて、そこまで日本語が達者なら、礼儀の一つくらい弁えろ。


「…人にものを頼む態度が全くなっていませんね。失礼します」
「あ、オイ!待て!!」
私が踵を返そうとすると、右手首がガシッと掴まれた。

「──ッ?!」

反射的にそれをバッと振り払い相手を見据えると、彼は私の眼光に一瞬怯んだ後に、まるで苦虫を踏み潰したかのような何とも言えないバツの悪い顔をした。


「その…なんだ、悪かった」

西洋人独特の彫刻のように綺麗な顔に似つかわしくない酷く不機嫌な表情で、蒼い瞳が逸らされる。
どうやら思いの外、この男は随分と素直な性格のようだ。

「……。駅員にでも聞けばよかったのではありませんか」
「チッ、俺だってそうしてぇが、その駅員がいねぇんだよ」

その言葉に窓口を横目で見るが生憎席を外しているらしく、確かに人のいる気配は感じられなかった。
突然だったとは言えかなり乱暴に手を振り払ってしまい謝罪をされた上に、まず私とてここで時間を無駄にしたくはないし、それは相手だって同じことだろう。
…仕方がないか。


「…どこへ行かれるんですか?」
「!!…緑ヶ丘テニスガーデンだ。確か、最寄りは緑ヶ丘だと言っていた」
「それならこの路線の東方向ですので、この表を見ていくと…最寄り駅までは370円ですね」
「こんなゴチャゴチャした表、読める方がおかしいんじゃねぇの」
「……私からすればあなたの方が大概だと思いますがね」
「ンだと?」
「あの、御託はいいのでさっさと券売機の前に立って下さい」
「……」

私の指示に男は一度小さく舌打ちをすると、言われた通りに数歩前へと進んだ。


「そこにお金を入れて、370と書かれてある金額のボタンを押すんですよ」
「これはカードは使えねぇのか」
「……は?」

全く、何てことだ。この短時間で、私が今までの人生の中で培ってきた常識が、次々と覆されていっている気がする。

「…恐らくこの駅で切符購入に使えるのは、現金のみだと思いますが」
「……チッ」
もしかすると、このとてつもない世間知らずさと高圧的な物言いは、この男がかなりの良いとこのお坊ちゃんだからじゃないだろうか。いや、きっとそうに違いない。だって、チラッとカードケースから見えたが…いやブラックカードって…。しかもそのケースもセレブ御用達で有名過ぎる某高級ブランドだ。

ただ、見たところ小銭などは持ち歩いていないのであろう。私は鞄から自分の財布を取り出して、そこから500円玉を選んで目の前の男へと差し出した。


「これを使って下さい」
「は?ンなモン、赤の他人から貰えねぇだろ」
「別に気にしないで下さい。…それとも、今から家まで取りに戻るのですか?ただでさえ切符購入でこんなにも時間を費やしたというのに?」
「……悪いな」
「…いえ、別に」

捲し立てるように私がそう言うと、気圧されたように私の手から500円玉を受け取った男は、そのまま券売機へと向き合って私の指示で物珍しげに操作を始めた。

「…これか?」
「そうです」
「ほお…中々興味深いな」
「そうですか?」

そう言って男は感心したように出て来た切符を引き抜いた。
教える度に興味津々の様子で頷いている恐る恐ると言ったように機械を操作する彼は私からすればとても新鮮で、本人には決して言えはしないが内心だいぶ笑えた。

「お上手です」
「…テメェ、バカにしてんのか」
「別にそんなつもりは」


ギロリと睨み付けられたが、別に痛くも痒くもない。
…取り敢えず、私の仕事はこれで終わりだ。


「…なら、私はこれで」
「ああ、助かった。…金まで貰っちまって、悪かったな。今は返せねえんだが…」
「いえ、お気になさらず」


軽く頭を下げて、改札へと向かって踵を返す。随分と変わった人だったなぁなんて思いつつ、改札へ定期券をタッチさせいつものように通り過ぎて、プレイヤーで音量を三つ上げたのであった。

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春風