君の鼓動と僕の鼓動 - 春風



「……どう、落ち着いた?」
「…うん、ありがとう」


蘭ちゃんが来てくれて、何かまた涙が出ちゃったんだ。そう言って笑った千鶴の表情は、先程よりも明るくて安心する。

でも、その笑顔が無理をしているんだっていうことぐらい、私も知ってるんだから。


「………蘭ちゃんは忙しいのに、ごめんね…」
「…そんなに謝られちゃうと、困るよ。ただ、私が千鶴に会いたかったんだから、そんなこと言わないでいいの」


千鶴の良い所は、人の良い面を真正面から見れることだと思う。悪い所は、自分の身を振り返らないこと。

千鶴は、剣道部のマネージャーをしている。でもどうやら、剣道部の人達はカッコいい人が多いと評判らしい。入学当初、私達の学年の女子の殆どが、剣道部マネージャーを希望した。けれど、それを見兼ねた土方先生が限定一人として、凄い倍率の中で採用されたのが、千鶴。
すると勿論、千鶴は学校中の女子から妬まれちゃって。苛めもたくさん、更には暴力、リンチ沙汰まで。

それでもこの約十ヶ月間それに耐えて、マネージャーを続け通した千鶴は、本当に偉いと思う。穏やかな見た目をしているのにも拘らず、しっかりした芯を持っているこの子を、私はいつも尊敬している。ただね、それが痛々しい時もたくさんあるんだから。


因みに、今回の原因の沖田総司も剣道部員。今日の私の中で彼の印象は、本当に最低でしかないんだけど。でも、千鶴は違うらしい。


「蘭ちゃん…私ね、やっぱりまだ沖田先輩のことが、好きなんだ。あんなに優しくしてくれた人、初めてなの。蘭ちゃんや平助君、他の剣道部の先輩方以外に初めて。だから―」


――別れてからも、こんなに涙が出てくるの。


すると千鶴は、ベットに腰掛け、再び涙を溢した。

改めて部屋を見渡すと、そのベットは整えられていて、勉強机の上も綺麗に片付けられている。本当に女の子らしい、可愛い部屋。
こんな女の子の中の女の子が恋をするのに、私は口を出しちゃいけない気がしたんだ。


「……協力はするけど、応援はしないよ。だって、千鶴をこんなにまで泣かせたんだから。それに、あの沖田が千鶴に優しく接したのは下心からかもしれないのに。それが私は許せない…」


――けど、協力はする。心の篭っていない応援だけど、それでもいい?


これが、私が出した唯一の条件。


「蘭ちゃん、ありがとう…」


涙を拭き取り、にこりと笑った千鶴の顔を見た時に、理由は分からないけど、胸にチクッと痛みが走った。


千鶴の家を出てからの家への帰り道、私は妙な倦怠感に、深く溜め息を吐いた。この思いの名前が何て言うものかを、この時の私は未だ知らない。




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春風