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「いらっしゃいませー」

ピロピロピロリンだかポンポロポロリンだかの来客を知らせるチャイムが鳴って、自動ドアが開く。途端に蒸し蒸しした夕方の温い空気が入り込んで、また冷房で冷やされた。
あ、また来た、と#ちか#は思った。
少し前から頻繁に来るようになった#ちか#と同じ高校の制服を着た男の子は、#ちか#を含めたバイト仲間の中では物珍しい人、悪く言えば変人として認識されていた。
ひとつは、高校の最寄り駅を越えた位置にあるこのコンビニであの学ランを見かけるのはとても珍しいということ。ひとつは、見た目がかっこいいということ。そして最後のひとつにして最も重要なこと、それは。

「#ちか#ちゃん、#ちか#ちゃん。チロルさん今日も来たね」
「あ、わたしも今そう思ってました。今日も買ってくのかな」
「絶対買う買う!しかも#ちか#ちゃんのレジで!」
「夏希さんてば、またそういうこと言う!偶然だって!毎回毎回そんなことないですよ」
「あるのよー!だって、チロルさんは#ちか#ちゃんのいる日しかチロルチョコ買ってかないんだから!」

そうなのだ。夏希の言う#ちか#云々は置いておいて、あの人はいつもチロルチョコを買って行く。
雑誌を立ち読みして、飲み物コーナーを見て、お菓子の棚で新製品をチェックしたらレジに並ぶ。たくさんのお菓子やパンやコーヒーに紛れるときもあるが、その手にあるのはほとんどチロルチョコだけだった。

そしていつの間にかこのコンビニの常連になった彼はバイト内で「チロルさん」と呼ばれていた。もちろん陰で。接客マニュアル外の話はしたことなんて一度もないから、本人に呼び掛けたこともないし、呼ぶ気もない。

「もー、みんなの噂よ?チロルさんは#藁科##ちか#狙いだって」
「誰が言い出したんですか…」
「もちろん、わたし」

語尾にハートマークが付きそうな言葉回しの後、自称ミス東都大学だという夏希が綺麗な笑みを見せた。ひとつふたつしか違わないのに、この余裕は何なんだろう。女子大生って怖い。

ひそひそと騒ぐ私たち店員を余所に、チロルさんがいつものコースを辿り、お菓子棚まで辿り着いた。
同じくチロルさんの接近に気付いた夏希も口を閉じて、#ちか#から距離を取るべく体の向きを変える。
待って、どちらのレジにチロルさんが来るか、なんて検証されたら堪ったもんじゃない。
バイト中の暇つぶしとして話のタネにされるのはまっぴらごめんだ。
わたしはバックヤードに逃げ込んでジュースの補充でもしてればいい。そして、チロルさんが帰った後に、わたしがいなくても買って行ったでしょうと、夏希に向けて得意気に笑ってやればいいのだ。
そう決めた#ちか#は、顔を横に向けたものの夏希が一足先にバックヤード行ってきまーすという明るい声をあげ、次いでレジお願いしますというチロルさんの柔らかな声が鼓膜を揺らした。やられた。完全に出遅れた。

チロルさんと二人きりになってしまった店内で、チロルさんが手のひらから零した3つのチロルチョコをレジに通す。店員の対応としてはマイナス評価だと思いながらも、夏希の言っていた言葉が今更ながら頭の中を回っていて、#ちか#はそれまでなんとも思っていなかったはずのチロルさんを一度も見ることが出来なかった。


(170529)

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