「どうですか?何か感じ取れますか?」
「…いや、違うな」

 島に降り立ってから数日間かけて私とバアルさんは探索を進めた。私自身そこまで他の星晶獣を感知する能力は高いわけではないが他よりも少しくらいは感知力があるようで、旧知の仲であるステンノさんに似た気配を見つけたらバアルさんに共鳴反応をみてもらうようにしていた。とは言っても結局同じ土属性の星晶獣のコアだったりとはずれを引かされ続けている。

「この調子だと此処にはアイツの姉達はいないだろうな」
「そう、かもですね…」

 すぐに見つかるものとは思っていなかったがやはり見つからなければ見つからないで気落ちはしてしまう。バアルさんが気落ちもせずに切り替えてすぐに新しい場所への調査ができるその冷静な判断は私にはできそうにない。素直にそういう精神面の強さがかっこいいとも思うし頼れる存在だった。

「…お前の探し物は此処にはなかったのか?」
「…え?」
「お前もあるだろう、探し物が」

 バアルさんが不意に私にそう訊ねてきて言葉に私は思わず言葉を呑んだ。どうして私に探し物がある、ということを知っているんだろうか。特に私から話した記憶はない。少しだけ動揺をしたが、よくよく考えれば星トモは『みんなの探し物をみんなで探しつつみんなで今を楽しむ星晶獣の集まり』とサテュロスちゃんが話していたし、私にも何か探し物があるとバアルさんくらい冷静な判断がつく人なら考えることができるだろう。
 
「あります…けど此処にはない、と思います」
「それはお前の力だけで探せるのか?」

 私は首を横に振る。誰かに話したことのないことだ。こんな境遇のヒトにも会ったことがないからうまく話せる自信がない。けれどバアルさんがすごく真剣な表情で私のことを見てくれている。その姿を見ているときっと口下手でも汲み取ってくれるんじゃないか、と少しだけ言葉にしてみる力を貰った気がした。

「…此処にいるいない以前に今は活動してるのかどうかもどんな属性を司っているのかもわからなくて」
「…そこまで曖昧だと俺の力では探せないな」
「そうですね…感覚で頑張るしかないです」

 バアルさんは私が上手く説明できていないことを責めてくることはなかった。てっきり適当すぎる、なんて言われると思っていたのに。私が笑って誤魔化すのを見てバアルさんは小さく息をつきながらふっと空を見上げる。

「そういう感覚は、わからなくもない」
「え?」
「存在を”認識”することはできるのだろう。自分とその人物は関わりがある、ということだけは漠然と知っている。違うか?」

 バアルさんの言葉は的確過ぎるものだった。そう。まさにその通りだ。

 私の探しものは彼の言う通り”ヒト”だ。それもメドゥのように自分に深く関わりのあるヒト。人間でいうところの「母」のような存在を私は探している。
 とはいえ探そうと思ったのはつい最近だ。それまではただ”いる”ということがわかっているだけで顔も名前も何も知らない相手を探すなんて無駄な行為だ、とあきらめていた。けれど先日たまたまやってきたメドゥのステンノさんたちを探したい、という強い意志を聞いて私も諦めない心を持つべきなのではないか、と心を動かされたのだ。
 言い様のないもやもやをずっと燻らせてなんとなく生きるよりもきっと何かを探し求めて生きる方が有意義でもあるだろう。そう考えて私は気持ちを動かしてくれたメドゥにも恩返しをしたくてステンノさん探しの協力を申し出た。そして私も一緒に「母」探しもやってみようと思ったのだ。

「バアルさんも…探してるもの、あるんですよね。それはどうやって見つけようって思ってるんですか?」
「さあな」
「へ?」

 同じような感覚が共感できる、というなら今後どうしていこうと思ってるのだろう、そう思って訊ねてみたがバアルさんらしからぬ大雑把な答えに私は間抜けな声を出してしまった。当の本人は至って真面目な顔つきだ。

「こうして各地に赴いている時に見つかるかもしれないだろう」
「思ったより雑なプランでびっくりしちゃいました…」
「メドゥーサの姉達と違いどんなものかも知らないものを探すんだ。計画を立てようがないだろう。もう永い間活動しているが手掛かりは一向に掴めていないしな」
「そう…なんですね」

 バアルさんのギターを握る力が少しだけ強くなる。けれど表情は特に変わることなく、いつもの淡々としたものだ。

「だが見つからないことに嘆く必要はない。探すために費やした時間や想いは俺が今を生きていたという証になる。もしも見つかったのならそれは俺の存在を確かめることに繋がる」
「……」
「俺は早急に見つけたいわけではない。それよりも早く見つかる可能性のあるものから片付けている。それだけだ。…放っておくとうるさいからな」

 バアルさんの真っ直ぐな視線がすごく眩しくてただかっこよかった。溢れてくる感情がつんと涙腺を刺激して泣きそうになってしまうがどうにか堪える。メドゥ、貴女は本当にいい仲間をもったんだね。そしてそんな素敵な仲間を紹介してくれたんだね。嬉しさがじんわりとひろがっていく。
 バアルさんは私に近づいて肩をとん、と叩いてくれた。励ましてくれるような、そんな感じ。

「お前はお前のペースで探せばいい」
「はい…」
「もしも自分一人で難しいと感じたならアイツらに声をかけてみるといい」
「…私なんかを手伝ってくれるかな」
「お人好しの集まりだ。言えば動くだろ」

 散々な言い様だがバアルさんが星トモのみなさんのことを話したときは少し誇らしげだった。なんだかんだ信頼においているメンバーなのだろう。それは皆さんと話していたときにも伝わっていたことだ。

「アイツらはお前を信頼しているから問題ない。少しくらいはお前の役に立つだろう」
「…バアルさんは?」

 聞いてみたはいいが正直バアルさんにはよく思われていない気がしてならなかった。最初は嫌悪感すごく出されていたし、一緒に行くというのもメドゥに頼まれたから渋々であったし。今こそは少し話してくれるようにはなったがそれでも警戒心は持たれているような感じがしてならなかった。
 私の言葉にバアルさんの紅くてきれいなその瞳を揺れた。言うか、言うまいか。そんな表情だったがやがて口をゆっくりと開いた。

「初めは…警戒をしていた。すべての星晶獣が善い奴らとは限らない」
「…そう、ですよね」
「……だが俺は不審な奴を傍に置くなどという愚かな行為はしない」

 信頼したものしか傍に置かない主義だ、とさらに付け加えてバアルさんはふっ、と顔を逸らしてしまった。なんとなく言いたいことはわかったからこそ素直じゃないとは思うがそれでも伝わったのだから十分だ。ずっと聞くことができなかった彼の気持ちが聞けて思わず私は泣いてしまう。それを見たバアルさんは罰が悪そうに口元に手を添えてどうすべきか悩んでいるようだった。

「…メドゥーサといいお前といい、泣き虫ばかりだな」
「これは、嬉し泣きです…っ」
「泣かれるのはテンポが狂う…。…俺は先に行くからな」

 私の泣き顔を見るのはと思って気を利かせて先に行こうとするバアルさんのマントの裾を思わず掴んだ。なんとなく、手が伸びてしまったことに自分でも驚いて慌てて腕を引っ込める。しかしその前に引っ張られたことに気付いたバアルさんが「世話が焼ける」と言いながらも結局先に行かずにぎこちなくだが私の頭をそっと撫でてくれる。その手つきがあまりにも優しくてさらに目頭が熱くなったかと思えば涙が頬を緩やかに伝っていった。