「ナマエ、ひとつ手合わせをしてくれないか」
少し離れた場所で勃発しているメドゥとバアルさんの口喧嘩がまだ終わらないので暇を持て余しているとふいにナタクさんがそう持ち掛けてきた。まばたきを数回して首をかしげるとナタクさんは不敵な笑みを見せる。
「手合わせ、ですか?」
「ここ最近そう言ったことをしていなくてな。身体を訛らせたくない。お前の実力を知りたいのもあるが、どうだろうか」
「…でも、私は火を司っている星晶獣。その、こういうのはアレですけど不利な気がするのです…」
「ふっ、その方が燃えるだろう。問題ない」
戦うのが苦手というわけではない。むしろ覇空戦争を生き延びたのだからそれなりの力は備わっている、とは思う。だからこそ一応念を入れてみたのだがナタクさんは楽しそうに返答してわたしと少し距離を取る。本当にやるつもりなのだろう。
私は愛武器である斧を顕現させて戦闘態勢に入る。とりあえずうまくかわせる程度でいいかな、なんてこの時は思って武器を握った。その慢心こそが私の誤算だったのだが。
***
「大丈夫?何してんのよ、あんた」
「…うう、反則です…なんですかあれ…」
私とナタクさんの手合わせはものの十分ほどで終わった。最初こそ手を抜こうとしたが訳の分からないごり押しに圧倒されて私は結局本気を出し、そして結局こてんぱんにされてしまった。流石に近くで乱闘が始まったので口喧嘩を辞めて戻って来た二人に心配の目を向けられていた。
「ナタクは2対1も物ともしない。相手が悪かったな」
「いや、なかなか見事な腕前だった。俺も久しぶりにいい戦いができた」
「初見でこのオッサンに勝てる星晶獣なんてなかなかいないわよ…」
思いきりぶつけた頭をさすりながらわたしは地面に倒れたままだった身体を起こした。座った状態で大きくため息を吐くとふと目の前には手が差し出されている。メドゥの可愛らしい手ではなく、細くてきれいな手に顔をあげればバアルさんが私に手を差し伸べていた。
「…捕まる気はないのか」
「あ、ええと!いえ!あり、ます…。ありがとう、です」
反応をみせない私に眉をひそめたバアルさんだったが私が慌ててその手を掴めばひょい、とそのまま引き上げてくれた。思ったよりも力強いことに驚いた。
「ふーん、やればちゃんとできるじゃない」
「うるさい。お前に指図されてどうこうするのが嫌なだけだ」
「あっそ!いちいち癇に障る奴ね!」
「まあまあメドゥ。…あの、改めてよろしくお願いします、バアルさん」
「…あまりコイツのように騒がしくするなよ」
引き上げてくれた手はぱっと離れてしまう。私はその手が確かにあたたかくて優しいものだと知って改めてナタクさんがさっき言っていた言葉の意味を正しく理解することができた。この人はなんだかんだいい人、なのかもしれない。
「さて、行こうか」
「…行く、ってどこによ」
「特にこれからすることは決めていなかったのだろう。ならば此処はひとつ”歓迎会”というものをしようじゃないか」
ナタクさんの言葉に私とメドゥは歓迎会、という言葉を復唱してみる。よくわからないがなにか催し物、みたいなものだろうか。バアルさんが小さくため息をついて「最近のマイブームの本での知識か?」とナタクさんに聞けばそうだと言わんばかりの笑みを見せてくれた。