メドゥがお世話になっている騎空団の人たちはとても優しかった。ジータさんやルリアさんは自己紹介を軽くするとまだ出会って間もないはずの私を気持ちが落ち着くまでは騎空挺で過ごしていいと案内をしてくれる。どうしてそんな風に優しいのか訊ねれば空を飛んでいるトカゲ(自称ドラゴン)のビィくんが「コイツは困ってる奴を放っておけねえからな」と笑った。それに同意するようにジータさんたちも笑うものだから私は皆さんの厚意に甘えさせてもらうことに。

 ジータさんが連れてきてくれたのはお洒落なバーのようなところだった。騎空挺なのにこんなところもあるのか、と関心をしていると中にはすごく大きな男…女?わからないけど、ドラフの人がいる。「あらいらっしゃい。団長さん。そちらの子は?」大きな身体に反してとても優しい聞き方をしてくるその人はジータさんにファスティバさんと呼ばれていた。
 経緯を説明するとファスティバさんは私に椅子に座るように促してドリンクをつくろうとする。

「貴女、お酒は飲めるのかしら」
「お酒?…いえ、飲んだことないです」
「じゃあ挑戦してみる?飲んでみると少し素直にお話できるかもしれないわ」

ファスティバさんの言葉に私は頷く。今のもやもやした気持ちを少しでも吐き出したい気持ちでいっぱいだったからそういう飲み物に甘えたい気持ちだった。ジータさんとルリアさんはまだお若いということでジュースを出される。

「ナマエちゃん、と言ったかしら。目元を赤くして何かあった、という顔ね。もし私達で良ければ聞くから話してご覧なさい。力になれるかはわからないけれど、話すだけでも楽になることもあるわ」
「……ありがとう、ございます」

 ファスティバさんが用意してくれた飲み物はミルクだけどどこか苦さもある飲み物だった。一気に飲むのはよくない、と聞いたのでちびちびと飲み進めていく。不思議なふわふわとした感覚が次第に私に生まれてきてファスティバさんの言葉を聞いて私は口を開いた。

「自分の事が時々解らなくなるんです。今日も彼にあんなこと言いたかったわけじゃないのに。ただ、一緒にいたいって言えたら良かったのに」
「…ナマエちゃん」
「私が一緒にいたくてもあの人が違う気持ちだったらどうしようって思うと言えなかったんです。私が言うことで彼が無理に合わせてもらってたら、と思うと…」

 グラスを握る手が少し強くなる。目頭がじわじわと熱くなってくると、ジータさんが静かにハンカチを差し出してくれた。

「貴女はその人のこと、とても好きなのね」
「好き?」
「そう、相手の事が気に入っていて、心が惹きつけられること。それが好き」

 ファスティバさんが私に言った言葉に私はふとナタクさんに借りた本を思い出した。
 人は誰かに強い興味をもち、一緒に居たいという気持ちや関心を持たれたいという気持ちを抱く。それを彼らは恋愛、と呼ぶそうだ。人の心理を細かく読み解いた書物にそんなことが記されていたのを思い出す。結局読み終えた時は漠然とした内容過ぎて理解がまったくできなかったが、今はそこに書かれていることと自分が抱いている気持ちがひどく似ていることに困惑してしまう。

「わ、私は星晶獣です。人間と同じような感情を持ち合わせるなんてことは、」
「あるとは言いきれないけど、ないとも言い切れないんじゃないかしら」
「…それ、は、」
「人の生活に触れて過ごすうちにうまれてくる感情だってあると思うわ。貴女はどんどん変わっているのよ」

 自分が変わっている。その言葉が硬くなった思考をやんわりと解すようだった。
 確かにバアルさんとこの生活を始めてそれなりの月日が過ぎた。私達からしたらそんなに経ってないのだけれど、きっと人間からしたらもうそんなにいるんだ、なんていわれるだろう。その間にバアルさんを通していろんな人と関わった。お店を経営する人、レストランで働く人、それからバアルさんと一緒音楽を演奏する人達。私はバアルさんのよう際立った特技があるわけでもない。趣味があるわけでもない。
 けれど一緒に過ごすうちに少しだけ身についたことがある。バアルさんの演奏仲間さんに少しだけ教わってピアノというものが弾けるようになった。彼らのように滑らかに迫力のある演奏はできないけれどそれでも行く先々で少しずつ触れるようになったらいつの間にか簡単な伴奏はできるようになってきている。趣味と言えるほどでもないけれど、ナタクさんに薦められなくとも本を読んでいろんなことを吸収しようという気持ちも持つようになった。だからこそ恋愛、なんていう言葉を知っていたわけだ。

 此処まで自分の事を振り返って、前よりも私は変わっているのかもしれない。ファスティバさんの言葉をしっかりと呑み込むことができた。

「私何かがいいんでしょうか、こんな気持ちを持って」
「ダメなんてこと、ないと思います!」

 ずっと話を聞いていたルリアさんが立ち上がる。ぺたぺたと私の元へと駆け寄ると、その小さな手を私の手と重ねた。

「もう無理をして戦う必要もなくなった世界です。どういう風に生きてもいいと思います」
「……」
「ナマエさんがそうしたいなら、その人と一緒にいていいんです!」

 ルリアさんはにこりと優しく微笑んだ。

「ルリアの言う通りだよ。私はその相手の人は知らないけれど、嫌ならちゃんと嫌、って言ってくれるんじゃないかな。まあ嫌ならずっと一緒に生活なんてしないと思うけどなあ」
「そうね。しかも二人で一緒に居る、なんてよっぽど合わないとできないと思うわ」

 ジータさんとファスティバさんがさらに言葉を重ねる。
 前にバアルさんが言ってくれた言葉を思い出した。私と一緒に居ることは悪くない、と。彼は言葉にするのは上手くないが思っていることは少し遠回しではあったが伝えてくれていた。それを何で思い出せなかったのだろう。どうして信じて言えなかったのだろう。少し前の自分を悔やむ。

「…ありがとう、ございます。なんだかもう一度話してみたいって気持ちになれました」
「ふふ、良かったわ。景気づけにもう少し飲んでいくかしら?」
「…はい、いただきます」
 
 ファスティバさんは私の表情を見て満足そうに笑うと新しいグラスを手に取ってまた飲み物を作ってくれる。その間にジータさんやルリアさんにもう一度お礼を言えば「上手く行くといいね」と再度私の背中を押してくれるのだった。
 慣れないこの胸の高鳴りを、上手く表現できるかはわからないけど。それでも私はバアルさんと向き合ってみたい。彼の気持ちを知ってみたい。本当に私は人のように、バアルさんのことが好きになっているようだった。