「ちょっとバアル!アンタって奴は!!」

 ナマエが今日はこの街に泊まる、と話していたのを思い出したメドゥーサが空から彼女の連れであるバアルを捜索していると見覚えのある派手な服を着が目についた。見慣れたそれはバアルであると確信したメドゥーサは今日という今日はガツンと言ってやろうと思いバアルの前へと降り立って荒っぽく名前を呼ぶ。
 いつもなら彼女と会えばバアルから悪態のひとつや二つが飛んでくるところだが、その様子がなくてメドゥーサは違和感を覚えるが遠慮はせずに足を止めたバアルをずい、と覗き込んでみるといつもよりも三割増しくらいで眉間に皺が寄っているバアルがじろりとメドゥーサを見る。

「…一緒にいると思っていたが別行動しているのか」
「アタシはしょうがないから事情の確認に来てあげただけ。あの子は騎空団の子に預けた。アンタ何してんのよ」
「そうか。……別に何もしていない」

 歯切れの悪い返事にメドゥーサは苛立ちを覚える。やけに大人しく答えるなんてバアルらしくない。というか何もしてないなんて嘘。なにもしてないのにナマエが泣くはずがない。そこまでひ弱な子ではないはずだ。
 二人に何があったのかをこれだけで察せるほどメドゥーサは汲み取り上手ではなかった。ナマエから聞き出してくればよかったのかもしれないがあの状態の彼女から聞き出すのは気が引けた。それよりもバアルに問いただしたほうが早いと思ってきたはずなのにバアルもバアルで心此処に在らずな状態なのは予想外。

 人気がないとはいえ街のど真ん中でこのまま言い合うのも流石に周りの目がありそうなのでメドゥーサはバアルを連れてひとまず騎空挺の近くに移動することにした。事情が判明すればその流れで騎空挺内に移動しているであろうナマエの元へ連れて行けると判断したからだ。

「ねえ、ホントに何があったの?」
「解らない」
「はあ?わかんなかったらアンタにはその便利な力があるじゃない。どうして使わなかったのよ」

 バアルにはヒトの心を読み解く能力がある。それを使えばきっと簡単に彼女が何を考えているかわかるはずだ。にもかかわらず「解らない」という返答をされたことがメドゥーサからしたらわからなかった。
 バアルは気配の探知のために利用をしていた自身の武器に目を落とす。今回ばかりは彼女の言う通りだった。ナマエの気持ちを読むこともすぐに彼女の場所を見つけて迎えに行くこともできた。もしかしたら気持ちを読んでいればこういったことも起こらなかったのかもしれない。それでもバアルはあの時の彼女の気持ちを読み解いてやるという気持ちにはなれなかった。

「汲み取るよりもアイツ自身の口から聞きたい、と思っただけだ」
「…はあ?なにそれ」
「いや、何でもない。お前に話したところで無駄だ。…俺も少し調整チューニングが必要だ。ナマエは任せる」

 バアルはそう言い残すと踵を返して去っていく。メドゥーサには意味深な彼の言葉は結局理解できず、かける言葉も見当たらずただその背中を見送ることしかできなかった。

「ホント、面倒くさいヤツ」

 苦虫を噛み潰したような表情をしたメドゥーサの言葉はバアルに届くことはなく、夜の街に消えていった。