逢魔時に増える影



 今の状況を整理しよう。時刻は十八時前。外回りが終わったら今日はそのまま定時上がりの予定の私は目の前で倒れている男性をしゃがみ込んで凝視していた。取り敢えず落ち着くために大きく息を吸って吐く。一、二回の深呼吸のおかげでどうにか冷静さを戻せたので改めてもう一度見てみることにした。ひょっとしたら見間違ったのかもしれないし。おそるおそる倒れている人の顔を覗き込んでみた。うん、変わらない。此の人は紛れもなく芥川龍之介その人だ。

「(目立った外傷はないから与謝野先生を頼りにはできないよなあ…というより考えなしに探偵社に連れていくのはリスキーか)」

 私が所属する武装探偵社と彼が身を置くポートマフィアはちょっと前までは敵対していたが社長と向こうの首領さんが一時休戦を結んだ為お互い付かず離れずな関係になっていた。何度か彼らとは一時期は殺すか殺されるかみたいな死闘をしてきている。私がさらっとこの人を連れて探偵社に行けばひと騒ぎになって私にとっても彼にとってもメリットがない。逆に私がポートマフィアのアジトに赴けば芥川さんをどうこうしたと思われて蜂の巣になりかねない。どっちの未来も避けて通るべきだ。とはいってもこのまま倒れている人を放置して何処かに行くのは私の良心が痛む。相手がポートマフィアの一員で探偵社でも脅威として恐れられているあの芥川龍之介だったとしても、だ。

「ああもう、しょうがない。文句は言わないでくださいね」

 一応彼に断りをいれるが返事はない。完全に意識を失っているようだ。そんな彼の腕を肩にかけて立ち上がる。思った以上に軽くてびっくりした。ちゃんと食べてるのかな。起きたらご飯くらいは出してあげることにしよう。
 冷蔵庫内の食材を思い出しながらも私はまだ意識のない彼を何とか支えて近くにある私の部屋へ連れていくことに決めた。ポートマフィアの知り合いなんていない私がとれる行動の中でおそらくこれが一番最善だ。太宰さんに頼るという手もあったけどそれはそれで厄介なことになりそうなので此処は却下である。(まあ連絡を入れずともあの人なら謎の情報網で事情を把握しそうだけど)

「お疲れさまです。国木田さん。今日は外回り終わったらそのまま直帰します。…はい、ちょっと用事があるんです。大丈夫ですか?…ありがとうございます、異常があれば連絡入れます。失礼します」

 国木田さんへの連絡も無事に完了した頃、時刻は十八時を過ぎてしまった。無事に定時退社の時間になったがいろんな意味で無事ではなかった。


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