秘密の城で眠りにつく



 ふっと目覚めると白い天井が視界に入った。此処が見知らぬ場所だというのに気付くのに時間はそうかからない。気怠い身体をあげてみるとスプリングが軋み自分がベッドで眠っていたことを知る。見回せばローテーブルに戸棚、淡い色のカーテン。監禁部屋、というよりも誰かの部屋と言った方が近いものだ。

「あ、気が付いたんです…かっ!?」
「貴様、何が目的だ」

 辺りを観察していると扉が開いて桶を持った女が入ってくる。素早く立ち上がり近くのハンガーにかけてあった外套を身に纏って異能力を発動させた。本来なら食い殺してやりたい所だが情報を吐かせるためにも黒獣を彼女の頬を掠めるギリギリに放つ。目を丸くして「ひえっ」と間抜けな声を出す女。よく見ると見覚えがある顔だ。おそらく太宰さんの所…探偵社の社員の一人だ。名は何と言ったかは忘れてしまったが。

「ろ、路地裏で芥川さんが倒れていたのを見つけたので看病をしようと思って…此処は私の家です」
「……」
「ほ、本当ですよ!ポートマフィアのアジトに行くのはちょっと怖かったし探偵社に行ったらみんながうるさそうだしで此処が一番安全といえば安全と思ったんです…」
「ポートマフィアの一員である僕を部屋に入れることに恐れは感じなかったのか」
「……確かに。言われてみれば」

 僕の指摘に女は豆鉄砲をくらったような顔つきだった。あまり頭は回らないようだ。
 彼女は気にせずにローテーブルに桶を置くと沈んでいたタオルを引き上げて絞る。「えっと、とりあえず寝ててください」とこの期に及んで理解不能なことを言う。もう一度黒獣を見せてやるべきかと思い異能力を発動しようとするがその前にふっと眩暈がおきて足の力が抜けるのを感じる。「芥川さん!」慌てた女が即座に腕を伸ばして僕の身体をなんとか支えた。

「ひどい熱があるんです…あまり動かないで」
「ぐっ…これくらいどうということは、」
「無理すると今後に響きますよ!というか無理したから倒れてたんでしょう」

 女に返す言葉がなかった。先の組合との戦闘の疲労、そして連日の不穏な動きをする異能力者の討伐任務で思った以上に身体に負担が来ているのには薄々気付いていた。肺の調子も優れていないのも相まっているだろう。とはいえ其れを言い訳にしたくなかった。まだ僕はやれる。そう思い今日も任務をこなしたところだった。無事に今日遂行すべき仕事は終えたが代償として戦闘後に気を失っていた。其処を彼女に見つけられたのだろう。

「探偵社と其方は一時休戦を結んでいます。それを信じて此処で少し休んでください。調子が戻り次第出ていって構わないので」
「……何故、僕をそうまでする。先日まで貴様等の命を狙っていた身だというのに」

 ゆっくりと彼女は僕の身体をベッドに腰かけさせる。不思議に思ったことを訊ねれば彼女はうーん、と小さく唸った。

「うーん。困ってる人はつい助けたくなっちゃうんですよね。貴方のことを部屋に入れたのも恐いって気持ちよりも助けたいって気持ちの方が勝ってたから」
「…とんだお人好しだな」
「誰だってこれくらいはする気がしますけどね」

 とんとん、と肩を叩き寝るように促されたので彼女に従って身体を横にする。立っているよりもだいぶ楽だ。
 一息ついた彼女が桶に沈んでいたタオルを絞り額へとのせてくれた。じんわりと冷たさが広がっていくのが心地良い。

「…名は何と云う」
「私ですか?名前です。苗字名前」
「…礼を云う。少しばかり世話になる」
「はい!任せてください!」

 誰だって此れくらいはする、など云ったがポートマフィアの人間を助けるということは並大抵の度胸がなければできない。恐怖を感じずに其れをしたということはある程度信頼に足る人間と感じた。仮眠を少しとったら早々に去ればいい話だ。探偵社に貸しをつくるのは気が引けたが、ままならぬ身体で組織の敵にでも遭遇すればがかえって他の者に迷惑をかける。此れが最善ということに辿り着いた僕は快復に努めるため再び目を閉じた。


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