黒灰奇譚



 次回会う日程等予定は未定なところがあるが此れで最後ということはなくなった。いろいろと話をしているうちに夕方になってそろそろヨコハマへと戻ろうか、と解散の流れになった時に芥川さんの携帯、そして私の仕事用の携帯がほぼ同タイミングで鳴った。顔を合わせ、少し離れた場所でお互い電話を取る。

『苗字、無事か!』
「…?今日はヨコハマを出ているんですが…何かあったのですか」
『そうか。なら無事だな。いいか。落ち着いて聞け。実はな』

 国木田さんからの電話だ。慌てた様子なので只事ではないことを悟る。彼から聞かされたのは正直突拍子もないことだった。

「樋口、如何した」
『お休みの所失礼します。芥川先輩、今どちらに?』
「…私用で出ている」
『市街地で爆破テロが起きました。組合の残党の仕業と思われますが現在調査中です。ご無事なら何よりです』
「テロ…か。場所はどの辺りだ」
『住所は―――付近です。爆発の被害で近くのマンションが吹き飛んだとか。住民の救助は探偵社と軍警で行っているようです』
「…そう、か」
『我々は特に動く必要は無いと上は判断したようなのでご一報を入れておこうと思いご連絡しました』
「…解った。何かあれば向かう。連絡しろ」

 芥川さんは電話をしながら私を再度見た。電話の内容は十中八九同じものだろう。先に私が電話を終え、後から芥川さんも終える。

「…その顔だと市街地でのテロの話は既に聞いたか」
「はい…いやまさか悪い冗談かと思ったんですけど」
「外に出ていて不幸中の幸いだったな」

 とはいっても素直に喜べることではないので芥川さんは何と言っていいのやら、と少し苦い顔をしていた。私も流石に頭を抱える。
 国木田さんからの電話で解ったことを簡潔に述べれば私の住んでいたマンションがテロリストによって巻き添えを食らってなくなった、ということだった。爆破範囲はそこそこあったようで今ヨコハマではちょっとしたパニックが起きているそうだ。

「暫く事務所に寝泊まりか…はあ」

 強制的に住むところがなくなるのはだいぶ痛手だ。いろいろと買い直すものも必要だし新しい物件を探すとなっても貯金が大半食いつぶされるだろう。なんてことをやってくれたんだ。良い日だったはずなのに一気に厄日だ。

「…名前」
「?」

 先々の事を考えて頭を悩ませてると芥川さんが不意に私に話しかける、顔を上げると同時に何かが投げられた。慌てて其れを受け止める。硬い物が手のひらに当たったので確認をしてみると其れは鍵だった。…私の家のものではない。前に返してもらってるし。

「此れ、は」
「鍵だ。見れば判るだろう」
「わ、判りますよ!見れば!…そうじゃなくて、何処のですか」
「僕の住む場所だ」

 芥川さんの言葉に流石に驚いて私は目を見開いた。芥川さんは一度咳をし、一息おくと話始める。

「新しい場所が見つかる迄は貸しておく。好きに使え」
「…なん、でですか」
「借りを返す、其れだけだ」

 だって借りはこのお出かけで、って云ったじゃないか。芥川さんにそう云おうとしたけれど感謝の気持ちと驚きの気持ちといろんなものがいっぱいで思わず泣きそうになって言葉が詰まった。いや、涙がぽろぽろと落ちているからもうこれは泣いている、といった方が正しい。

「良いんですか。私、探偵社の人間ですよ」
「…お前が云う台詞か、其れは」
「…はは、確かに」
「如何する。来るのか、来ないのか」

 芥川さんはぶっきらぼうにそう言った。私の答えなんてもうこの鍵がどこの鍵か教えてもらった時点で決まっていたというのに。

「…有難う、お世話になります」

 何時ぞやの芥川さんのようにそう返せば彼は少しだけ笑ってくれた。


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