君の隣を僕で埋めたい



「平熱通り越して低体温なんですけど大丈夫ですか…」
「元より此れくらいが基礎体温だ。問題ない」

 昨日一昨日よりもすっきりとした顔色の芥川さん。念のため熱を測ってみると与謝野先生の薬のおかげかすっかり良くなっていた。曰く風邪の時に必要なビタミンも一緒に摂れる万能薬だとか。流石与謝野先生である。
 予定通り私と芥川さんは気分転換を兼ねて少しだけ遠出をすることにした。二人で行くってなんだかデートみたいで少しドキドキする。そもそもデート、なんて学生時代以来では…?そう思うとちょっと緊張してきた。
 なるべく待たせないように、でも念入りにメイクと洋服を選んだ。いつもは仕事の為スーツの事が多いから久しぶりの私服になる。変なところないかな、と鏡で身だしなみを確認してからリビングで待っている芥川さんに声をかけた。彼はいつも通りの黒い外套、そしてサングラスを着用していた。

「芥川さん、行きましょう!」

 少しだけつめたい彼の手を引いて私は最寄り駅へと向かう。嫌がられるかな、と思ったけれど彼は私の手を受け入れてくれた。しっかりと握り合うことはないけれど繋がれたその手に胸の高鳴りを覚えてしまう。

「名前」
「は、はい!」
「少しばかり落ち着け」
「そ、そうですね。気を付けます」

 電車内で時折他の人にぶつかりそうになるのを芥川さんは上手く私の肩をひいて避けてくれる。なんというか、ひとつひとつのことに心臓が煩くなっていた。心音、聴こえてないといいけれど。まるで恋する女のような反応をしている自分に笑ってしまう。…恋、か。いやまさか。ちらりと芥川さんを見る。
 私よりもだいぶ大きな身長。華奢だけど男性故の力。綺麗な顔立ち。見ているだけで此方が照れそうなくらいにこの人は整っていた。意識すればするほど彼が本当に魅力ある人に見えてしまう。

 自分自身の気持ちと葛藤しているとあっという間に目的地の駅に到着した。商店街を通り抜け、国道沿いの地下道を進む。十分程歩くと目的地である海岸公園に辿り着いた。平日というのもあってか観光客はそこまでいないので比較的に過ごしやすそうに感じる。潮風が鼻をくすぐり独特の匂いを吸い込んだ。

「ヤシの木生えてる。日本じゃないみたい…。芥川さんは来たことありますか?」

 私の問いに芥川さんはゆるく首を横に振る。

「こういった観光地に赴かない故」
「そっか。そしたらいい思い出になるといいな。自然を感じるって思ってる以上に療養に繋がると思うんです」

 今日は天気も暑すぎず寒すぎずとちょうどいい気温だ。加えて風もやわらかい。絶好の散歩日和だろう。
 行く宛はなかったが海岸沿いの遊歩道をのんびりと進んでいく。芥川さんも特に文句などを口に出すことなく私についてきてくれた。

「ポートマフィアの人とは何処かに行ったりするんですか?」
「…偶に」
「へえ!最近だと何処に?」
「首領の計らいで温泉に連れて行かせていただいた」
「温泉?いいなあ。私も行きたいな…って芥川さんお風呂苦手じゃ?」
「僕は遠慮した。が、中原さんにお前がいなければ意味がないと連れて行かれた」

 中原さん、というのは重力を操る異能力者の中原中也だろうか。結構仲間想いの人なんだな。ポートマフィアも目的や行動は違えど探偵社のように横の繋がりがしっかりとしている組織なのだろう。そう思うと矢張り芥川さんがもう少し寄りかかれる場所ができたらいいのに。そう思えてしまう。

「僕からも質問だ。名前は太宰さんとは良く話すことはあるのか」
「太宰さん?うーん、敦ほどじゃないけど一応上司?先輩?だから話しますね」
「…僕の話を太宰さんから聞いたことは、」
「あ、それはあります。でもそっちの話はしたくないのか『昔の職場の部下』ってくらいしか」
「…そう、か」
「太宰さんのこと、気になる…というかすごく好きなんですね」

 彼にとってこの話題は禁句だろうけれど、少しだけ興味が湧いていた。太宰さんに拘る理由を知りたい。何が其処まで芥川さんを突き動かすのか。
 程よく歩いた所にちょうどベンチがあったので二人で腰掛ける。言葉は選んでいるが少しずつ芥川さんは過去の事を話してくれた。聞けば聞くほど只、芥川さんは太宰さんに認められたいという気持ちで此処まで来たということが判る。

「先の組合との騒動の時。太宰さんは強くなった、と僕に言ってくださった」
「…そっか」
「しかしまだ僕は力が足りない。人虎も…腹が立つが今の僕では殺せん。もっと強く在らねばならない。太宰さんに必要と思っていただく為には此処で満足してはならぬ」

 嘘偽りのない言葉だった。もう彼にとって敵側であるはずの太宰さんをまだ追っている。おそらく芥川さんにとっての太宰さんは、掛け替えのない存在なのだろう。そして太宰さんはきっと其れを解っているからこそ敢えて芥川さんを突き放し続けていたのだろう。彼が言う通り、強く在ってもらう為に。あくまで私の憶測だがそうであるなら本当に食えない人だ。

「私は月並みな言葉しか言えないけど。芥川さんのこと応援してます。太宰さんにいつかぎゃふんと云わせてくださいね。そういう所見てみたいし。…あ、でも無理は禁物ですよ」

 純粋に想うその姿は歪んで見える人もいるだろうけれど、そういう存在がいない私には只眩しかった。素敵にも思えた。だから素直に応援したい、と思える。私の言葉に芥川さんは息を吐く。その目は決意を宿していた。

「…誰かに話すことなど無かったが話すと気分が幾らか変わるものだな」
「大切ですよ。こうやって話を聞いてもらうのって」

 そういう人がそちらで見つかるといいですね、と彼に微笑む。もう彼の身体も完治して私はお役御免だ。3日間。あっという間ではあったがとても充実していた気がした。誰かに尽くすというのもいいことだ。

「僕は組織の遊撃隊の隊長を任される身。そう云った事を部下に漏らすなどできるはずがない」
「うーん。なら私と友達になりませんか?友達になら遠慮なんてしなくていいから悩みとかそういうの話しやすいんじゃないかな」
「僕は其処まで暇を持て余していないのだが」
「むう…私が時間合わせますよ。それにまたご飯つくってあげます」

 芥川さんはその言葉にピクリ、と反応をみせた。暫くして口元を抑える。咳をすることはなかったがゆっくりと目を開いて私を見やった。

「…偶に、なら」
「…ふふ、ありがとうございます。また来てくださいね」

 口元を抑えたのが咳ではなく照れからということに気付いて、私は思わず笑ってしまった。私と芥川さんの関係はこの日にようやく偶然知り合った間柄から友人へと進歩したのだった。


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