01.芽吹き
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どうやら、私は生まれ変わってしまったらしい。

幼児特有のふわふわ曖昧である意識が安定してきた頃、私は唐突に前世なる記憶を思い出した。
いや、記憶が戻ったとでも言うべきか。

2月10日のあの朝、私は車に撥ねられ死んだ。ちゅんちゅんと小鳥の鳴き声が寂しく響いていたあの朝は記憶に焼き付いている。プ〇ウスめ。現代の車の静粛性は死神の足音の間違いではないのか。
「クセになってんだ、音消して走るの」ってか? ……それで死んだ身としては笑えない冗談である。

まぁ、思い出したといっても実際に覚えているのは視界に車が姿現ししたところまでで、死にゆく痛みの感覚なぞは小指の甘皮ほども覚えていないのでラッキーといえる。一人で支え無しに歩きある程度走り回れる年頃に思い出せたのも幸運だ。今の私は大体3歳ぐらいだろう。

ここはどこか、いつの時代か。まだ何も分かっていない状況の中で、その情報収集に歯痒い思いを抱くことにはならなさそうだ。

さて、今世の私は苗字名前というらしい。更に言えば、この身体は髪質も体型も顔面偏差値も何もかも前世の私とは違う。二十数年共にしてきたそれらはプリ〇スという名の死神と共におさらばしてしまった。今は何の愛着もない容貌と名前だが幸い前世よりも整っている方だし、これから一生を供にしていく身だ。前世が恋しかろうがよろしくやっていくしかないだろう。
そう、やっていくしかないのだ。前世の私は死んでしまったのだから。

「あら、起きたのね。おはよう名前」
「…………ん、ママ! おはよぉ」

未だ慣れない。

前世を思い出し、この年齢では神童とも呼ばれうる知能へと進化してから2週間程経った。
始まっていたかすら分からない自我形成の期間をすっ飛ばして大人になってしまったこの脳は、そうすんなりと新たな生活には慣れさせてくれないのだ。「名前」が自分の名前だという自覚を得るにはもう少しの時間が要るのだろう。

そして、この人は母親だ。3歳児に「お母さん」呼びは早すぎるだろうというよくわからない配慮で遠慮なくママと呼ばせてもらっている。が、前世では母親をママ呼びなんてしてなかったもので、感覚的には母というかスナックのママになりつつある。最低の3歳児だ。こんな子供で申し訳ない、ママン。

母がママなら、もちろん父もパパだ。もはや呼び方というよりはそういう名前の人を呼んでいるつもりになってくる。
おそらく専業主婦であろう母親とは違い、父親とは数回しか会っていない。頭脳は名探偵ばりの年齢であろうと体は3歳児である私の睡眠時刻はとてつもなく早いので仕方あるまい。パパが仕事終わり疲れて帰宅する前に私はベッドでぬくぬく寝落ちているということだ。日が落ちれば即座にママンに寝る支度をさせられるので、多分20時にはぐーすか寝てるんじゃないか? 
その代わり朝も早く、日が昇る前には起きる。パパはもちろんママも起床が早いので、こりゃあなんつー健康優良家族だと基本怠惰な私は尊敬している。え、私も真似しないとダメ?

眠気を洗顔と歯磨きで吹き飛ばしトテトテとリビングに入り込めば、漂ってくる朝ごはんの香りに3歳児の腹が刺激される。前世では朝ご飯とは無縁な生活をしていたので、健康優良児のこの身体に感謝だ。
いただきますとグルメハンターよろしくこの世のすべての食材に感謝を込めて食べていると、パパが寝室から起きてきた。珍しい、私より遅い起床のようだ。

「あなた、おはよう」
「ああ、おはよう。名前もおはよう」

パパおはよー、ともぐもぐしながら言えばママに飲み込んでから言いなさいと若干のお叱りを受ける。精神年齢にあるまじき失態を犯した見た目は3歳児の私をパパは小さく笑っているが、その顔は疲れているようにも見えた。

ようやっと朝食を食べ始めたパパと入れ違いになるように最後の一口を食べ終え、ごちそーさまでしたとママに言えば食器を片づけてくれた。
振り返って疲れた風のパパを見つめながら、純粋な疑問を口にする。

「きょうは起きるのおそかったね。つかれてるの?」
「ん? いや……忙しすぎて、今日だけしかゆっくりできる時間がなくてね」
「いそがしいの?」
「ああ。明日からはまた早起きさ」

なんと、今までの早起きは異常営業のせいだったらしい。今まで収集してきた情報によるとパパの仕事は自営業と推測されるのだが。勤務時間は要相談だが、自営業の内容次第では今後の進路に悩まなくていいかもしれない、と更に私は疑問の追撃をかます。

「なんのおしごとしてるの?」
「忍具店だよ」
「にんぐてん?」
「ああ、クナイとか起爆札とか、忍術以外で忍が使う武器を売ってるんだ」



…………は?


頭の中が爆風乱舞でうまくまとまらない。なんだって?
この世界には忍がいるのか。いやそうじゃなくて……忍者じゃなくて忍? NARUTOみたいな言い方をするんだな、この世界では。
クナイとか起爆札とかって、まさしくNARUTOの世界じゃないか?
いやいや……、え? 忍術って言った?

爆風で散乱した思考回路を必死でかき集めてやっと理解できたと思えば、今度は聞きたいことが多重影分身しだす。

ここは火の国? 木ノ葉隠れの里なの? 火影がいるの? ナルトがいるの?

……うちはオビトがいるの?


我に返る。

ここで焦って3歳児らしくない言動をしてしまうと、普通の一般的な感覚で生きている両親が気味悪がって私は棄てられるかもしれない。まだ何一つとして体の出来上がっていない私が忍のいる世界に放り出されてしまえば、簡単に死ぬ。せめて生き延びる力、逃げ足を鍛えてからにしておきたい。存在するならアカデミーに通わせてもらわねばならないだろう。
この流れではまだ、木ノ葉隠れに関する確信的な質問はできない。

混乱していた脳が徐々に落ち着き、ようやく現状について考える余裕が出てきた。
ふと目の前に座るパパに視線を移すと、久々にゆっくりと朝食を食べられるというようにパパはうとうとしながらもご飯を口に運んでいた。

……待てよ? パパは忍具店を営んでいる。
平和な時代にはまるで閑古鳥の声しか来客のないような仕事がそれほどまでに忙しいということは、そこそこ規模の大きい戦いがあるということではないか?
例えば戦争、とか。

忍の世界で言う戦い……もしNARUTO世界だと仮定するなら、真っ先に思いつくのは第四次忍界大戦、うちはマダラを名乗るオビトが引き起こした忍達の最終戦争だ。

しかしあれほどの規模であれば店が忙しいだけで済むわけがない。更に言えば、もしここが木ノ葉であればペイン戦で一度完全に崩壊しているはずなので、いま座っているこの椅子やこのテーブルのような年季の入った家具達が残っているわけもない。
木ノ葉ではないのか、もしくはまだペイン戦を迎えていないかだ。

木ノ葉ではないのであればまず、現在地がどの国なのかを知る必要がある。
もし水の国の霧隠れであればアカデミーになんて入ってられない。後々忍として逃げ足を鍛えることを考えるのであれば、先に五大国の中でも一番平和であろう火の国木ノ葉隠れに避難することを考えるべきだ。
卒業試験に殺し合いなんてやってられるか。私は生き残って生うちはオビトを一目拝むと決めているんだ。いや、まだNARUTO世界だと決まったわけではないけど……。

確認すべき情報の優先順位としては、ここがNARUTO世界か否かが一番重要だ。ある程度の未来を知っているというアドバンテージはかなり大きく、使える。火影や五影、五大国について知れれば御の字、五影のうち一人でも分かる名前があればNARUTO世界で確定とみなして良いだろう。
その次に今がいつの時代か。戦時中であれば年齢関係なくアカデミーに入りやすくはあるが、その分死ぬ確率も高まる。時代によって覚える忍術の優先度が変わってくるだろう。
そしてそのあとに現在地だ。

気が付くと、パパが朝食を食べ終えて食器を片づけていた。ママはすでに朝の掃除を始めていて、いつも通りの流れであればそのあとは洗濯だ。
そこでふと気づいて、両親に子供らしい質問を投げかける。

「パパとママは、しのびじゃないの?」

パパは朝食を食べてようやくパッチリと目が覚めたようで、ぐぐーっと伸びをしていたのをやめると私の方を向いて困ったように笑った。

「パパとママは忍の家系じゃないからなぁ、なろうと思ったことはないよ」
「私もそうね。かっこいいとは思うけどねぇ」
「そーなんだ」

そうか、二人は忍の家系じゃないのか。
思い返せばNARUTOにも忍の里とはいえど一般ピーポ―の描写があったことを思い出す。
忍だけでは経済が成り立たないから当たり前か。木ノ葉にだって本屋も甘味処もラーメン屋一楽だってあるもんな。現代だってコンビニで働いてくれる人間がいなければ24時間営業を享受できなくなるんだから。

忍の家系じゃない2人の血を引いている愛らしいこのボディには強さなんて期待できなさそうだな。
やはり、逃げ足を最優先せねば。

さて、今の時点で3歳児の体に前世の記憶が宿ってから2週間経っているが、私は一度も外に出たことがない。戦争中ということであれば納得がいく。
外に出してふと油断して目を離そうものなら秒で道路に飛び出すような生き物が3歳児というものだ。いや、まぁ庭があるにはあるが、3歳児の超低身長には泣けるほど外壁が高くかろうじて隣家の側壁が見えるくらいであって、外の景色に関しては全然見えない。
NARUTO世界かどうかの判断がつかなかったのもそのためだ。

街並みを見ていれば、いや、文字通り木ノ葉の顔というべき顔岩さえ見ていれば今頃チャクラコントロールに励んでいたことだろう。今だってやろうと思えば出来るのだろうが、チャクラも霊力も念も悪魔の実も無かった現実リアル出身の私にはまぁ全く感覚が掴めない。感じ取れる気配すらない。

外に出たことのない幼児が外の話をしてきたら普通の人間は訝しく思うだろうか。
子供を産んだことがないどころか子供にほとんど関わったことのない私にはどこまでがセーフな質問なのか分からない。慎重に言葉を選ばねば。

「パパはしのびのおともだちっているの?」
「友達? まぁウチは忍具店だから忍はいっぱい来るけど、友達はいないなぁ」
「おはなしとかしないの?」
「なんだ、興味があるのか?
 だが、うーん……世間話はするけど、大抵──


──仲良くなる前に死んじゃうからな」



「へ?」


ウッッッッッッワーーーーーーー????

地雷踏んじゃったよ。なに?これ。この世界観なに? 不意打ちで精神的ダメージえげつないんですけど。

神童(笑)を悟らせないために慎重に投げかけたはずなのに思わぬ急カーブで空振り三振ぶちかましてしまった気分だ。いや、気分じゃなくてほんとに空振り三振だよ。

それ以上話を続けるなぞできるはずもなく、「そっかぁ……」なんて3歳児に似合わぬ愛想笑いで強制的に切り上げるしかなかった。人の生き死にに対して空気を読める3歳児なんて怪しいことこの上ないが、我がパパンは特に疑問に思うでもなさそうに呑気にあくびをかましていた。
忍じゃないならNARUTO世界の住人といえどこの程度の観察眼ということかね。

兎にも角にも、今の私にできることは自身の基礎体力の強化くらいしかないだろう。
将来生き延びる方法を得るには何をするにしてもまず基礎体力がものを言う。「いざ」というときが来るまでには何があろうと絶対に何かしらの術を習得しておかなければいけないわけだが、全て会得するまでにどれほどの試行錯誤を繰り返すことになるのか想像もつかないからだ。

まだNARUTO世界と決まったわけではない上に戦時中かどうかすら分からないが、少なくとも「忍」が存在する世界であることは確定しているなら鍛えて損はない。
ああいや、筋トレは除外だ。3歳児の体には負担が過ぎる。ということでまずは走り込みかな。
幸い3歳児というものは1に遊び2に遊び、34に走って5に睡眠みたいな生活サイクルで回っていると言っても過言ではないと思うので、急に走り出しても不審がられはしないだろう。

ただ、やりすぎると親の監視の目がきつくなるかもしれないのであくまでも「イイ子」の範囲でやっていくべきだな。偏差値が高い学校ほど校則が緩いアレだ。最初に優等生としての信頼を勝ち取れさえすればあとはなあなあになっていくだろう。
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