花火を眺める麗しい君
暗い風景が彩られる瞬間。パンっと弾ける音と共に光るこの瞬間は幻想的で都会の喧騒に揉まれそうな慌ただしい時間を忘れさせる。
誰もいない夜の公園。花火を見るには十分な距離で他に誰もいないそこは好都合な場所だった。彼と共にベンチで寄り添うように座って見上げる花火は特等席だ。
大きい音を立てながら打ち上げられるそれは広く暗い空に咲く満開の花のようだった。浮つく気持ちが抑えられずに彼の浴衣の袖をきゅっと摘まんだ。
彼もまた、花火に心奪われていて、珍しい光景に胸が躍っていることだろう。そう思いながら盗み見ると身震いしながら夢中になっていた。輝く彼の瞳は花火の反射だけのせいだけではないはずだ。
そんな彼の表情に温かい気持ちがこみあげると同時に、彼の横顔に目が離せなくなった。花火のせいだろうか。見慣れているはずの綺麗な顔はきめ細かな肌に明るく反射していて、彼の綺麗な銀色の髪はまるで真っ新なキャンバスのように花火の反射で彩られていて違って見えた。息を吞むような光景とはこういうことを言うのだろう。
「綺麗……」
口から自然と出たその言葉は彼のことを指したのか、花火のことを指したのかは私にしかわからない。
「……そうだね。職人だから為せる技術だね」
花火が綺麗なのもまた事実だ。こんなにも大きくて立派な花火を打ち上げるのは容易なことではないだろう。
彼から視線を逸らして花火を再び眺める。夏にしか味わえない特別な時間と感覚。そんな非日常を彼と過ごせることに嬉しさで自然と頬が緩んだ。
我ながらだらしない顔をしていたと思う。すると、彼が私の顔を覗き込んでいた。何か私に伝えたいのかと首を傾げると、彼の顔が近づいて唇が触れた。
「え……?」
「……綺麗だと思ったから」
真っ直ぐと見つめながら綻んだ笑顔を見せた。辺りは花火の音と光だけ、あとは私と凪砂くん。まるで二人だけに用意された世界。そんな空間でこんなにも優しく微笑むのは反則だ。きゅんと甘く疼く胸を抑えるように顔を逸らすと、彼が私の視線を追っていて再び口づけられた。
突拍子もないことを二度もされては驚かざるを得ない。彼の真意を知りたくて戸惑いながらも彼の顔を見るとじっと私の様子を見ていた。
「こっちを見たね」
悪戯な笑みを浮かべる彼はさながら子供のようで、それでいて大人の艶やかな色気があった。鈍器で殴られたかのような衝撃が頭に走り、何も考えられない。彼の手が私の頬をするりと撫でたかと思えば、親指で唇をふにっと触れられた。私の唇を眺める伏目がちな彼の瞼には繊細で長い睫毛が揺れている。思わず溜息が出るほど美しい。
しかし、その隙から見え隠れする彼の瞳には熱が孕んでいた。ヒュっと息を吸うと緊張で背筋が伸びる。唇を塞がれているかのように止まってしまう呼吸を促すように甘く噛みつかれる。
ひゅうっと花火の上がる音が耳に入り、不意にそちらを見やると、途端に強く縋るように引き寄せられた。首元に手を掛ける彼に驚いて反射的に視線を戻しすと汗が首を伝うのが分かった。激しいキスで息苦しくなり、酸素を求めて彼の胸板を軽くたたく。それに気づいた彼が息を漏らしながら離れた。
肩を上下させて呼吸をする私に満足そうに微笑んだ彼が私の顎に触れて上向かせた。
「……私だけを見て」
花火を見ないで。という意味だろう。花火を見に来ているのだからそれは難しいお願いだ、と普通は言い返すだろう。しかし、彼の水分を帯びた瞳が揺れるのを目の当たりにしては何も言えまい。それに、目の前にある花火は珍しく、元より彼の関心の対象でもあったはずだ。それさえも打ち消してしまうほど、今は私とのキスに酔いしれたいらしい。
心を見透かされるような瞳に囚われた私は、彼に何も言い返すことができずにただ彼から振るキスに身を任せることしかできなかった。
こんなにも緊張するのはいつもとは違う格好の彼が色っぽかったから。いつもとは違う非日常だからだろう。そう自らに言い聞かせてうるさい心臓をなだめようと意味のない葛藤をしながら瞼を閉じた。