七夕 -the year after next-
今年も七夕の季節がやって来た。ESビルのエントランスには大きな笹竹と短冊があって、自由に願いを書くことができる。毎年恒例の行事だ。
「もう書いた?」
暑い部屋から飛び出して、夜風に涼んでいると彼に問いかけた。今日の日付を踏まえてみるに、私の質問の意図を彼は容易に汲み取った。
「ふふ、今年は誰より早く書いたんだ」
悪戯を思いついた子どものように得意げにそう語る彼はどうやら七夕のための短冊が飾られるのをずっと待ち望んでいたようだった。
「君は?」
「まだなんだよね。書きたいことがありすぎて」
「ふふ、ナマエちゃんは意外と欲張りなんだね」
いざ願い事を書こうと思うと健康でありますようにだとかアバウトなことしか思いつかない。
考え込んだ彼は難しい顔をして七夕の願いについて教えてくれた。
「七夕の由来から考えると、ただの欲望ではなくて自らの努力で成し遂げられる夢や目標がいいみたい」
毎年七夕の季節になるとソワソワし始める彼だが、ふと何故七夕では願い事を書くのかと疑問に思ったらしく本で調べたようだった。
「う〜ん、そうだね。それでも迷っちゃうなぁ」
「……じゃあ、こういうのはどうかな」
遠く、小さく散りばめられた星屑を眺めながら呟く彼の横顔は儚く美しい。
「私とずっと甘い時間を過ごせますように」
彼の発した言葉が何を意味しているのか、鈍感ではない私はわかる。私の願いであり、彼の願いでもあるんだ。
「これだったら、現実的な夢だ」
いつの間にそんなことを言うようになったのか、彼の凄まじい成長にいつも驚かされる。私を置いて行ってしまいそうなほど私の数歩先を行く。
それでも歩みを止めて私を待ってくれる彼だから、私との未来を描くことを言ってくれるんだろう。
彼の熱烈な言葉に、クラリと眩暈がしそうな頭は溶けてしまいそうだ。
「ど、どこでそんな台詞覚えてくるの……」
「最近読んだ小説にこんな台詞を言う登場人物がいて、女性を虜にしていたから君にも言ってみたんだ」
真剣な表情をする彼を見ると、私を虜にしたいと思っているのかと笑いが込み上げる。
先ほどまでの熱はどこへ行ったのやら、生温い風に冷まされたのか、それとも彼の柔らかい空気に掻き消されてしまったのか。どちらにせよ心地いいのは変わりなかった。
「凪砂くんらしいね」
目を合わせて微笑み合うと手摺りにかけていた小指と小指とを絡めた。ロマンチックな雰囲気のせいで高揚感に駆られる。街の音もゆっくりと聞こえて彼の甘くて低い声が耳元で響く。
「不思議だね」
肺いっぱいに夜の空気を吸い込んで吐き出すと絡めていた指先は私の手を捕らえた。
「一日が終わろうとしているこの時間は寂しげなのに、君といる私の時計の針は動き出す」
彼の難解な話の意味を汲み取ろうと続きを待つ。瞼を閉じながら、風に耳を澄まして語る彼。
「織姫と彦星は一年に一度しか会えない。私は君と会えなくとも待つことはできるけど、それでもこの時間を過ごすことができなくなるのは嫌」
「つまり?」
パチリと瞼を開いてこちらを見た彼は目を丸くしたかと思えばすぐに三日月の形を象った。
「ふふ、君と共にいるこの時間が幸せということかな」
暑さも深まる愛逢月。重なる影は織姫と彦星の愛を証明するようで、熱に浮かされる雰囲気がとても心地いい。私たちは時間を共に過ごすことで愛が深まるばかりだと感じた。