今日は友人と日帰りで温泉に行く。友人と行くことが多い一方で、仕事で忙しい彼とは行ったことがない。彼とは、彼氏の瀬名泉のことだ。私たちは順調に交際を続けているが、毎日言い合いが絶えない。言い合いと言っても、ほとんどが彼からの指摘から始まる。
今日行くことはもちろん事前に伝えてあるけど、朝から彼は少し不機嫌だった。何が原因かはわからず、仕事のことなのだろうかと考えた私は、聞こえるか聞こえないかの声で「いってきまーす」とだけリビングの方に向かって言った。
すると、聞こえたのかすぐさま玄関まで来た彼は、私の格好を見るなり、眉間にしわを寄せた。
「ちょっとぉ〜。その格好で行く気?」
「え? そうだけど……」
「ありえないんだけどぉ? 薄着すぎる。今日何度だと思ってるわけ?」
「えぇ〜。大丈夫だよ」
「ぜんっぜん大丈夫なわけないでしょ」
待ち合わせ時間に遅れてしまうため、そのまま強行突破しようと言い返すと、彼の眉間のしわはより深くなった。これはまずい。元から機嫌が悪い彼をこのまま仕事に行かせるわけにはいかない。
「……あ! 分かった。泉嫉妬してるんでしょ〜!」
「はあ〜? ばっかじゃないのぉ?」
「ふふ、他の男の人に見られたくないんでしょ。私の可愛い姿」
先程まで深く刻みこまれていたしわは薄れ、そっぽを向いた。彼の耳は横から見てもわかるるほど赤く染まっていた。何も言えず頬を赤らめる彼を見ると、愛されているんだなと感じる。
こんな感じに彼は過保護なところがある。一見冷たい口調だけど、一つ一つの言葉に隠されている愛情は伝わってくる。だからこそ毎日の言い合いも不思議と嫌じゃないし、むしろ私は、そんな心配性で、優しい彼が好きだ。そういえば、以前私がノリ気じゃなかった合コンへと行った時もそうだった。
*
友人の頼みから、仕方なく合コンへと行くことになった。彼には絶対に言えない。「友達とご飯食べて帰るから遅くなるね」とだけメッセージを残し、彼が知ったら電話が鳴り響きそうだなと思った私は電源を切って合コンへと向かった。
「楽しんでる〜?」
「はは、いっぱい食べてますよ〜」
「君可愛いね! 俺とかどう?」
「遠慮しておきます〜」
友人の頼みとはいえ、酔っぱらった男たちと同じ空間にいるのはやはり気が進まない。そもそも泉以外の男に興味ないしなぁ。
しかし、気を許したわけじゃないが、何だか思っていたよりも楽しかった私は、時間を忘れてある程度飲んでしまった。
そうこうしているうちに、「二次会に行こう!」といったノリになっていた。ふと時計を見ると終電ギリギリだったので流石に朝帰りはまずいと思い、帰ることを友人に伝えてその場を離れた。
終電に間に合った私は、家まで歩いて帰る。帰り道、良い感じに酔いが回っていた体には秋の涼しげな風が気持ち良く、合コンのことなど忘れて心穏やかに帰った。スマホの電源を消していることを忘れたまま。
鍵が開いていて、無用心だなと思いドアを開けるとそこには今にも怒りそうな彼が廊下の壁にもたれて待っていた。「やばい」そう感じた私はただ意味もなくドアを閉めようとするが、当然阻止される。
「ちょっとぉ、閉めないでよね」
「あはは、ごめん」
家へと入り、パタリとドアを閉めた。
「……何回電話したと思ってるの」
「あ」
電源を切っていたことを完全に忘れていた。すぐにスマホを手に取り電源を入れる。
「『あ』じゃないでしょぉ? もしかして、電源切ってたの? ありえないんだけど」
「ごめんごめん」
「ごめんで済むと思ってるわけ?
……ねぇ、ナマエ。こんな時間までどこ行ってたの」
彼の声色が先ほどよりも低くなる。まさか合コンに行っていたなんて口が裂けても言えず「友達と飲みに行ってたんだよ。久々に集まったから盛り上がっちゃって」とだけ伝えてその場を乗り切ろうと思った途端、彼が近づいてきた。
「嘘つかないでよねぇ。くまくんからあんたのこと店で見かけたって連絡きたんだけど。どうやら男もいて、合コンしてたんだってぇ?」
凛月くんに見られていたなんて、運が悪すぎる。眉をピクピクとさせて今にも切れそうな彼に壁まで追い詰められる。これはまずい。
「あー、それは色々と事情がありまして……」
「事情、ねぇ? 乗り込んでやろうと思ったけど、今日は仕事で忙しかったから現場から離れられなくて。何か言おうとして電話したのに無視するし。俺もさっき帰って来たばかりだから、明かりがついてなくておかしいと思ってまた電話しても出ないし。ナマエが帰ってくるのを待っても――」
彼の説教が始まり、これは長いだろうなぁと考えていたら彼の顔が近づいてきた。
「ちょっとぉ、聞いてるわけ? どうせあんたのことだから、友達に頼まれたとかだと思うけどさぁ。俺も鬼じゃないんだから言ってくれれば行かせるんだけど?」
「……言ったら行かせてくれるわけないじゃん」
「何か言った〜?」
「何でもありませーん」
「はぁ、心配するでしょ。連絡ぐらいしてよね」
「……ごめん」
「聞こえないんだけど〜?」
「ごめんね」
「謝れて偉いじゃん。次からはちゃんと言って」
「はぁい。泉はママみたいだよね」
「誰のせいだと思ってるわけ〜?」
「痛い痛い! つねらないで!」
「言っておくけど、合コン行ったことは許してないからねぇ!」
「ごめんて〜」
*
彼は表面上では強い言葉を発するが、その言葉の裏には優しさと愛情が込められていることを、私は知っている。
「ちょっとぉ〜。聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「怒ってるんだけど?」
そう言いながらも、彼の機嫌は朝よりも明らかに良くなっていた。
「うん、ごめんね」
「? やけに素直だねぇ?」
「たまには、泉の言うことも聞かなきゃなって思って」
「へ、へぇ〜。わかったなら良いんだけどぉ」
喜びが隠せないのか、口角が上がっていて可愛い。
「まあ、わかればいいの。わかればねぇ〜」
「今日の泉、かっこいいね」
「……そんなこと言っても送って行かないからねぇ」
「え〜! 送ってよぉ〜」
「じゃあ、来月の休暇の日」
「うん?」
「……一緒に温泉行ってくれるって言うなら、別に送ってあげないこともないけど」
「あ〜! 泉行きたかったんだ!」
「ち、違うから! あんたが一緒に行きたいって言ってたでしょ!」
「そうだよね、一緒に行きたかったよね。ごめんね」
「あぁ〜もう、うるさい! 置いていくからねぇ!」
「あ、待って〜!」
「早く行くよ!」
「うん! 来月楽しみにしてるね!」
「ちょ、抱きつかないでよ! チョ〜うざぁい!」
「ねえ、泉」
「ん?」
「朝から機嫌悪かったのって、一緒に行きたかったから?」
「〜! ち、ちがうんだけどぉ」
「ねえこっち見て!」
「嫌」
「絶対そうでしょ! 泉、私の事好きすぎ!」
「……そうだけど」
「え」
「そんなことも知らなかったの〜? ナマエが思ってるより、好きだから。ま、知らないと思うけど」
「……何でそんなこと言うの! もっと好きになっちゃうじゃん!」
「ふふん。 俺を言い負かそうなんて、あんたには百年早いからねぇ」