「ねえ」
先程から彼からの視線を感じていたが、あえてそれには触れずに書物から目を離さずにいた。それに痺れを切らしたかのごとく、彼が口を開いた。
「目、瞑って」
部屋に二人きり。彼からの熱い視線を感じて目を瞑る。これは「そういうこと」なのだろう。何とも耽美な場面だろうか。甘い雰囲気を台無しにしないよう、緩みそうになる頬をきゅっと口を結んで抑える。書物を手放すと彼に向き合い、瞼を閉じた。光を感じずとも、彼が動く様子がわかる。しかし、待っていても、唇に何も感じなかった。感じたとすれば、頬に指先が触れたくらいだった。その体温が離れると反射的に瞼をぱちりと開いた。
「とれたよ」
「え?」
そう言って目の前に差し出されたのは小さな埃だった。それを取ってくれただけだったと気づいた私は、みるみるうちに頬へと熱が集まっていく。勘違いに気づいたころには顔から火が出そうなほど熱くなっていた。
目を丸くして固まる私の様子で何かを察した彼は「ふうん」と納得していた。
「もしかして、期待したのかい?」
私の顔はどれほど赤く染まっているだろうか。自らの行動が恥ずかしくて目を合わせられない。しかし、目を逸らし続ける私を彼は許さなかった。視線が合いそうになるとそれから逃げるかのように私の視線は下へ下へと降りていく。それに続くように彼も私の顔を覗き込む。そんなイタチごっこを何も言わずにしていた。その沈黙の時間は、まるで私の答えを彼が待ってくれているようだった。目が合わずともわかる彼の瞳は私を真っすぐに見つめていた。
居たたまれない胸の疼きに彼への罪悪感も入り混じる。チラリと彼を見上げると、目を細めて柔らかい表情をしていた。揶揄われると思っていた私は、思わぬ表情に胸が強く甘く疼いた。早く答えなければと口を動かすが、疼く胸が抑えられずに声がうまく出せない。「うん」という一言でさえ難しい。それでも、精一杯の気持ちを頷きで返した。
満足そうに微笑んだ彼は腕を伸ばして私の頬に触れて親指で丁寧に輪郭を撫でた。触れた部分が痺れそうだ。ピクリと肩を動かすと、彼の指は滑り落ちて、私の顎へと移動した。上を向かされて息が止まる。何をされるのか知っているから尚更だ。彼の美麗な顔が近づいたことを目に焼き付けて触れる直前で瞼を閉じた。今度は正真正銘のキス。
ちゅっと互いに触れた感覚と音がわかると同時に彼の体温はすぐに離れた。一瞬だけの触れるようなキスだ。それでものぼせ上りそうな今の私にはそれだけでも十分だった。彼の唇が離れると酸素を求めるかのように口を開いた。息苦しさも相まって、頭の中は彼でいっぱいだ。
「認めるなんて、素直でいい子だね」
ずるいように口角を上げる彼に止めのようにずきゅんっと心臓を打ち抜かれた。一瞬だけのキスで十分だったはずなのに、それ以上に彼は私の胸を締め付ける。彼への止まらない『好き』は、どう表現したら彼に伝わるだろうか。胸から溢れ出そうなほどの愛しい気持ちを抑えきれずに彼の肩に額を押し付けた。「好き」と呟きながら彼の腰に腕を回すとそれに応えてくれる。
肩口から聞こえる心地よい彼の笑い声は愛しい存在を慈しむようだった。「大袈裟だね」と揶揄いながらも撫でる手つきも温かかった。しかし、もう片方の手は伝わるよと言わんばかりに抱きしめる力は強かった。