Agapanthus
本心を悟られるのは悔しいし恥ずかしい
「君の髪、触らせてよ」
そう言ったのがついさっき。十分ほど前だと思う。
不思議そうな表情で「頭でも打ったの?」と言ってくる彼女に僕をなんだと思っているんだいと怒りながら椅子に座らせた。
「ふふ」
「何?」
「弓親に髪を結われるなんて思ってもいなかったから」
嬉しそうに笑う彼女を見て自然と僕の口角も上がっていた。こんなことでも喜んでくれるなんて。
「君が毎日僕の言うことを聞いて髪の手入れをしているから、そのご褒美だよ」
そう伝えると、顔は見えなくとも機嫌が良くなるのがわかった。
「ねえ、弓親」
「なんだい? あぁ、動かないでくれよ」
彼女が不意に顔を上げてこちらを見てくる。髪を結っている時にどうしたんだろう。何かあったのかわからず首を傾げた僕に、彼女は一言だけ呟いた。
「好き」
「……な!」
一瞬何が起こったのか分からず、反応に遅れる。頭を抱えそうになった。頬が染まるのを見られたくなくて手で口元を覆う。
「き、君はいつも唐突だね……」
「いつも綺麗な弓親にドキドキしてるから、そのお返しだよ。それに、今言いたくなったの」
えへへと呑気に笑う彼女がずるい。そのずるい笑顔にいつもやられているのを君は知らないだろう。
彼女は僕を美しいと言う。自分でもそう思うが、そう話す彼女も他とは違う魅力を持っている。彼女は花よりも綺麗で清らかで、そして何より愛おしい存在だ。一般的には美しくはないかもしれない。それでも彼女のひとつひとつの行動が、言葉が、僕の心を疼かせるのは事実だ。
「……弓親? 聞いてるの?」
つぶらな瞳で真っ直ぐ見つめられ、目を逸らせなかった。耐えられず先に逸らしたのは僕。
これ以上見られるのは気恥ずかしいため聞き流した。再び前を向くように頭に手を添えた。
「はいはいわかったよ。ほら、顎引いて」
「は〜い」
彼女にはバレてなかったようだ。未だ早く鼓動を打つ心臓の音が聞こえないように平静を装う。再び髪に手をやり、サラサラとした彼女の髪を堪能することにした。
一つ束をとって彼女の艶のある髪にキスを落とす。後ろが見えない彼女は「何かしたの?」と聞いてくるが、悔しい僕は「何でもないよ」と返す。
絹を編むように優しく丁寧に触れる。この美しい髪を作りあげたのは僕と言っても過言ではない。彼女の努力もあるが、この髪を触れるのは僕だけの特権だ。
彼女への愛しさが込み上がって溢れそうになるのを気づかれないよう抑える。
「ほら、できたよ」
鏡を渡すとすぐに彼女が左右に頭を動かして自らの髪を確認する。
「え、弓親器用すぎない? すごい可愛い!」
いつもはしないような髪型になって心嬉しそうな彼女はいつもよりも美しいように見えた。それをわかってはいるものの悟られたくない僕はいつもの調子で誤魔化す。
「当たり前でしょ? 僕が結ったんだからね」
自慢げに笑うとふふと笑う彼女に、僕の心は充実感を覚えていた。
ご褒美、なんて言ったがこんなに喜んでくれるならば、また彼女の髪を結うのも悪くないかもしれない。
楽しそうな彼女をよそに小声で「僕以外に触らせてはいけないよ」と呟く。それを聞ききとれなかった彼女は「何か言った?」と尋ねるが、こんな本心を聞かれたくない僕は「何でもないよ」と否定する。
「あぁ、またそれ。気になるじゃん」
拗ねて口を尖らせるその表情が何故だか愛おしい。
「ブサイクな顔しないんだよ」と憎まれ口を叩いても、僕の本心をわかっている彼女は嬉しそうに目を細めて笑う。
ブサイクと言われて喜ぶのなんて彼女くらいだ。僕が彼女の容姿を貶したことはないから容姿のことではないと知っているのかもしれない。
「……僕の方が君が思っているよりも何倍も好きだから、安心しなよ」
突然言われた言葉に、先程のニヤけ顔とは打って変わって目を丸くする彼女は、一瞬で顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。林檎みたいだ。
「さっきのお返しだよ」
悔しかった思いをすぐに晴らそうなど、我ながら幼稚かもしれない。それでも彼女へ伝えた言葉は事実だ。
頑張って言葉を紡ごうとする様が可笑しくて思わず笑みがこぼれる。
「も、もう一回言って!」
必死にそう訴える彼女が愛くるしい。絞り出した言葉がそれなのは本当に可笑しい。どうして彼女はこんなにも僕を飽きさせないんだろう。それどころかいつも僕の心は満たされる。
「もう言わないよ。言ったろ? ご褒美だって」