「ジュンくん改めて誕生日おめでとう。もうあと数時間で終わっちゃうね」
夜になって帰ってから彼女と過ごすのはほんの数時間だった。仕事でも事務所でも、ありがたいことに何度も祝われていたが、肝心の愛しい人とは何か特別なことをしていなかった。
「じゃあ、誕生日も残り少ないですし、わがまま聞いてくれますか?」
「もちろん。何でも聞くよ」
誕生日に託けて、彼女に多くの『お願い』をする。彼女も彼女で快くオレのお願いを聞いてくれる。「何でも」というのも、オレを信頼してる上での合意。もちろん無理難題を押し付けようとはしないが、オレも男だ。可愛い彼女に何でもすると言われれば欲も出るわけで。
「じゃあ――」
と、話したのは十分ほど前。今はオレのわがままを聞いてくれている。
「……ねぇ、ジュンくん。これ楽しい?」
「はい。とても」
テレビを観ながら、前にいる彼女が困惑しながらオレに問いかける。オレが頼んだのは膝の上に乗ってもらい、彼女を抱きしめることだった。
腕の中には愛しい彼女。贅沢な時間だ。容易く折れてしまいそうなお腹はオレのとは比べ物にならないほど薄い。それでも掌に感じるのはぷにっとした柔らかな感触だった。
膝の上で恥じらう姿が可愛くて意地悪したくなる。お腹を優しく撫でると声を漏らしてすぐに振り向く。
「はは、可愛いっすね」
「揶揄わないでよ……」
頬どころか耳まで真っ赤で思わず破顔する。
「こっち向いてください」
「意地悪するから嫌」
不貞腐れる姿も可愛い。でも、こっちを見てくれないのは寂しいから、白々しく返事をする。
「しませんから。ほら」
その言葉に恐る恐る振り返る。振り向いた途端に待ちわびていたと言うように彼女の頬にちゅっとキスをした。目を見開いた彼女がハッと手で頬を抑えた。また意地悪をされたと言いたげに眉を顰めてオレを睨んだ。その表情さえもオレにとっては可愛いだけだ。
「ジュンくんの意地悪〜〜!」
怒らせてしまったかと思ったオレは背筋が少しだけ伸びる。その様子に気づいた彼女はオレの唇に軽く啄むようなキスを落とした。
「……は?」
まんまとやり返されたオレは思考が停止する。今、彼女からキスされた……?
その事実を飲み込んで消化するまで時間がかかったが、頭で鮮明に理解した時、衝撃だと言うほど大きい声を出してしまった。
「なっ!」
「……誕生日だからね」
いつもは恥ずかしそうにして積極的にキスをしない彼女が珍しくしてくれた。それだけで嬉しいことなのに、欲張りなオレはもっとしてほしいと願う。
オレの固まる姿を見て気まずくなったのか、誤魔化すように立ち上がった彼女はそそくさを逃げようとしていた。今、逃すわけだないだろう。
反射的に彼女の腕を掴んだ。
「もう一回! もう一回、してください」
まるで思春期真っ只中のガキのように必死だった。目を伏せながら困ったようにはにかむ姿が可愛い。
近づいた彼女を確認するように頬へと手を滑らせた。すると、逸らしていた視線はオレをしっかりと捉えた。
じわりと近づくように彼女の手を優しく引いて、座るように促す。
向かい合う形。彼女の肌が密着する。彼女の心臓の音が直にオレの鼓動と混ざりあって、どっちの心臓の音かだなんてわからなくなる。
いつもは見下ろす形の彼女を、珍しく見上げる。普段の小さくてオレを見上げる彼女も良いが、オレを恍惚とした表情で見下ろす彼女は、オレが彼女に支配されているようでクるものがある。
熱のこもった瞳は大きく揺れていて、彼女のスイッチをオレが押してしまったようだった。
軽いキスから始まったそれは、何度も角度を変えて絡み合った。目を瞑るのが惜しいくらいだ。
何度か驚いた彼女が瞼を開けることがあったが、どうしても恥ずかしいのかすぐにぎゅっと瞼を瞑っていた。恥ずかしくて合わせられない瞳も、見ることさえできないと言わんばかりに閉じる瞼も、息苦しいのかオレの肩を衣服に皺が寄るほど必死に手でつかむ姿も、何もかもがいじらしい。彼女からのキスなのか、オレからのキスなのかわからないほどに何度も重ねる唇は二人の距離を無いものにした。
「んっ」
「っはぁ」
水音が二人だけの部屋に鳴り響く。互いを求める息遣いが聴覚を刺激して、この空間にはオレたちだけだと思い知らされる。
濡れた唇と焦点の定まらない瞳。色っぽい表情に歯止めが効かない。鼓動は徐々に速くなっていき、彼女に触れられないことが惜しいほど求めてしまう。かき抱いて互いを求めあって、唇を何度も重ねても満足できない。
肩を使って呼吸をする姿も可愛くて頬を優しく包み込んだ。
すると、途端に恥ずかしくなったのか、「うぅ……」と唸り声をあげていた。こんなにも激しいキスをしていながら今さら恥ずかしがるなんて可愛すぎる。
「はっ、あんたからしたんじゃないすか」
「た、誕生日だからっ……! 誕生日だからだよ!」
誕生日に託けて彼女に意地悪をするのはやはり気が引けた自分もいたが、彼女も誕生日を利用して甘えていたようで、考えることは同じだ。
そんな図らずとも以心伝心をしてしまったオレたちは、似たもの同士という事だろうか。
「はぁ〜〜ほんと、可愛っすね」
彼女の必死の言い訳が愛しくて何だか笑えてきたオレは声を出して笑ってしまう。それを困ったように、不思議そうに首を傾げる姿が可笑しくてオレの笑顔は止まるところを知らなかった。
「そっ! そんな泣くほど笑わなくても!」
目元に涙を浮かべるほど笑ったオレは彼女をグッと引き寄せた。もう一度ちゅっと軽く口づけると、照れているのか口を噤んだ彼女はオレをぎゅっと強く抱き着いた。これ以上オレに恥じらう顔を見せたくないのか、それとも何とも言えない気持ちになって抱き着くことしかできないのか、どちらかなんてオレにはわからない。両方だといいなと呑気に考える。彼女の一つひとつが愛しくてたまらない。溜息がはぁっと零れる。決して悪い意味ではない溜息が。
「幸せだな……」
大袈裟だよと微笑む声を耳にしながら、彼女の肩に額を押し付けて残り少ない誕生日を無駄にしないよう、幸せに浸った。