Agapanthus

温かい彼の腕の中



 ツリーが飾られているガーデンで点灯式に参加していると、待っている間に少しだけぶると震えた私の肩に隣の彼がすぐに気づいた。

「寒いですか?」
「ちょっとだけ。でも大丈夫」

 腕を摩りながら寒さを凌ぐ。チラッと時計を見るともう少しで点灯する時間だ。あと10分。もうすぐだ。

「…………」

 慌ただしくツリーの周りに集まる人たちをぼーっと眺めていると、私を見つめていたらしい彼が口を開いた。

「私のマジックで温めて差し上げましょう」
「え?」

 突然そう言った彼が私の方を向く。それに応えるように私も彼と対面した。
 いつもマジックを披露してくれる彼は私が喜ぶような突拍子もないようなことをしてくれそうだ。火でも吹くのか、それともストーブでも出てくるのか。

「さぁ……3、2」

 カウントを始める彼。何が起こるか楽しみで頬が緩む。「1」と彼が言った途端、温かいものが私を覆った。一瞬の出来事に、頭が追いつかない。いつの間にか彼の腕に包まれていたのだった。

「フフフ、急に抱きしめられて驚きました? 私の腕のなかは温かいでしょう」

 いつも予想の斜め上をいく彼の行動は私を驚かせると同時に胸を甘く疼かせる。派手ではない彼のマジックは冬の寒さを吹き飛ばすような温もりを感じる。彼の体温だけじゃなく温めてあげたいという想いにも心も温まる気がした。

「……うん」
「おや? 反応が薄いですね? 逃げてしまうのかと思いましたが」
「すごく嬉しいよ。ありがとう」

 気を張らないとだらしなく笑ってしまいそうになる。それほどまでに幸せを感じていた。その様子に満足したのか、見上げると彼がフッと笑って私の額にキスを落とした。冷えた額は彼の口付けで熱を帯びる。
 そんな彼が先ほどの私の言葉を思い出したように揶揄う。

「フフフ。あなたはまったく、こんなにも冷えているのに大丈夫だなんて、可愛げがないですね?」
「……どうせ、私は可愛くないよ」

 拗ねたふりをする。愛のこもった言葉だとわかっているからこそ彼の冗談に乗っかってあげる。目を逸らすと頭の先から彼の明るい笑い声が聞こえる。

「おやおや? 私は『可愛くない』なんてひとことも言っていませんよ?」

 こんな茶番のような会話も彼には楽しいのだから、可愛らしい。そんな私も楽しいんだから、似た者同士なのかもしれない。

「ほら、こんなにも」

 手が頬に触れる。大きくて骨ばった彼の手は温かい。

「赤く染まる頬が可愛らしいです。寒いからですか?」

 顎下を指で撫でられる。弄ばれているようだが、彼の色気のある視線に鼓動は速くなる。

「それともーー。
 私がこうやって近くにいるからですか?」

 ピクッと大きく体を震わせる。耳元に感じた温かい吐息に声が出そうになる。大声で叫びたいほど私の顔は真っ赤だろう。

「わ、渉さん、離れて!」
「フフフ。それは聞けないお願いですね。私の悪戯な髪があなたを離したがらないんですから」

 髪じゃなくて渉さんでしょ。と反論しようと手を胸元に添えると彼の心臓の鼓動を感じた。

「え、」

 ドッドッドッと早く打ち付けられている心臓。飄々とした態度をとる彼からは全く読み取れなかったが、流石の彼でも心臓の鼓動を誤魔化すことはできない。

「……ばれちゃいましたか? あなたを抱きしめるだけて私はこんなにも胸が熱くなるんですよ」

 鋭い視線と熱を孕んだ瞳が私を捕える。
 そんな熱烈な告白に、彼の意外な一面が垣間見えて狼狽える。懇願するような、私を求めるような表情に全身が甘く疼く。

「おや、もしかして照れているのですか?」

 目を逸らしても楽しそうに笑う彼に悔しさを感じる。離れようにも強く腰を抱かれてしまい、身動きを取れない。瞼に、鼻先に、頬にちゅっちゅっと軽くキスを落とされる。触れるような優しいキス。

「私とあなたは同じ、ということですよ。お互いに想い合ってお互いに照れているんですから。でも、それもいいですねよね」

 彼の手と私の手とを合わせたかと思えば、指と指とが絡み合う。スルッと彼の指が私の指の間をすり抜けたかと思えばきゅっと強く握られる。羞恥で目を瞑りたくなるほど、彼の艶やかな声と情欲的な触れ方に私の頭の中は既に限界を越えそうだった。
 唇を噛みながら震える私を見ては口角を上げる彼。これは完全に私の反応を見て楽しんでいる。

「そんなに強く噛んでしまったら血が出てしまいますよ」

 私の唇に優しく触れる彼の熱。指先から伝わって、私の唇も熱を帯びていく。愛しそうに私の唇を撫でると「はぁ」と小さくため息を吐いた。
 そして、私の顎を上向けると私を見下げた彼の髪が覆い被さる。まるで二人を外界から隠すかのように。

「こうして私と二人だけの世界になってしまえば、今すぐにでもあなたのこの柔らかな唇を奪えるのに」
「い、今は外だから……」
「そうですね。むしろこうして制限がある方が、耐えた後の昂りを経験できますから、悪くないですね」

 そう言って私の手の甲に口付ける。

「帰ったら私たちだけの世界が待っていますから。それまではお預けです。今はこれで我慢しましょう」

 再び腰を抱かれて彼と密着する形になり、彼の落ち着いた心地よい声が響く。
 温かくて頼もしい背中に腕を回して抱きしめ返すと、嬉しそうな声が聞こえると共に彼の抱きしめる力も強くなった。
 既に辺りは明るくなっていて、知らぬ間にツリーは点灯していたようだった。私たち二人を照らし出すように明るく温かい色がキラキラと輝いていた。

prev back next

top