黒執事
・企画
・いきなり始まる
「坊ちゃん!ケニー坊ちゃんがお帰りになりましたよー!」
フィニの明るい声で顏を上げた僕は、署名をしていた紙面からペン先を離した。初夏の風がさわさわと髪を撫でる。机の上を軽く整理してから、いつものように執事を従えて立ち上がる。玄関ホールでは、既に使用人達と我が兄がきゃいきゃいと騒ぎ合っていた。
「シエル!」
バシンと音がした後に、玄関ホールにいたはずの赤い髪がふわりと目の前に現れる。ぎゅうぎゅうと抱きしめられる暖かい腕は久しぶりで、僕は苦笑しながら抱きとめた。
「おかえりなさい、兄上」
「ただいまシエル!元気だったか?」
バシンと音がして、へその内側が引っ張られるような奇妙な感覚に襲われる。狭い場所に押し込められるような気がした瞬間には、僕は兄に抱えられながら玄関ホールに立っていた。
足元には色とりどりの箱がもう包装と解かれてごっちゃに広げられている。フィニとバルドは、なんとかビーンズを食べながら百面相していたしメイリンは飛びはねている豆と格闘していた。あれだけ「変な物は買ってこないように」と言ったのに、どうやら何も聞いていなかったらしい。
「蛙チョコレート4ダースは買ってきたからな。おやつには困らないぞ」
「お小遣いは無駄遣いしないでくださいよ」
「してないしてない。シエルからもらった大切なお小遣いだし」
「ケニー樣」
青紫の派手な箱を抱えた兄の笑顔がぴきりと固まる。思いっきり顔を歪めた兄は、僕の執事を思いっきり睨みつけた。
「…出やがったな変態執事」
「誤解を招く発言はお止めください」
兄の形相も相当なものだが、それを笑顔で切り捨てるセバスチャンも大概だと思う。
僕は兄の腕の中でこっそり溜息を吐いた。
「蛙チョコだろ、杖型甘草飴だろ、かぼちゃパイだろ、ドルーブルの風船ガム、…あとゴキブリ・ゴソゴソ豆板」
「失礼ですが最後のそれは一体誰宛てですか」
「お前に決まってんだろセバス」
「………」
執務室の机いっぱいに広げられた色とりどりの贈り物。その中から簡易ラッピングされている黒いビンをセバスチャンに投げ渡した兄は、襟元を緩めながら長々と溜息を吐いた。
「なーシエル、俺ももうあっちじゃ成人だ。こんな奴との契約切っちまえ。俺がサポートするから」
「それはできません。それに坊ちゃんとの契約内容が契約内容ですし」
「契約途中で切ったからって別に死ぬわけじゃねーし。つか誰もお前に聞いてねえよ黙ってろ」
「………」
セバスチャンのこめかみに見えない皺が刻まれている、ように僕には見えた。カップの隙間から、セバスチャンと兄を交互に見る。
「兄上、僕は平気です」
「シエル…」
「兄上だって兄上の事情があるでしょう。ファントムハイヴ家に縛られる必要は無い」
僕と兄、ケニー・ファントムファイヴは血の繋がっている兄弟ではない。僕がまだ幼い頃──先代がまだ生きていた頃、孤児院から引き取られたのだ。血こそ繋がっていないが仲のよい兄弟ではいられた。あの事件があった後も、今でもその関係は変わっていない。
「…“ファントムハイヴ家当主”がする事に関して俺は一切反対はしない。できる立場じゃ無いしな。ただ」
「………」
「何度も言うけど、そいつだけは。セバスチャン(悪魔)だけは駄目だ」
兄がどうして、セバスチャンの事を知っているのか。セバスチャンと僕が、どうしてそれを受け入れているのか──話は二年前に遡る。
僕はセバスチャンと契約を交わした後、親戚である伯母のアンジェリーナ・ダレスを頼りロンドンの王立病院に来ていた。そこで執事であったタナカとも偶然に再会し、伯母の用意した馬車で屋敷に戻って来ていた。
「ケニーにすぐに便りを出しておくわ。彼、スカーレットを置いて行ったから…」
「うん。ありがとうアン伯母様」
墓参りをした後、セバスチャンが直した屋敷で夕食をとっている時だった。
一瞬で出した夕食のメニューをセバスチャンが取ろうとして、銀でできたシルバーをぴたりと止めた。
「どうした?」
「…誰かこの屋敷に入ってきたようですね」
トングを置いたセバスチャンは顔をしかめ、獣のようにスンと鼻を鳴らした。
「しかし、これは…」
「だから言っただろう、近所の住人が怪しんで入ってきたのかもしれない。食事はいいから、追い返せ」
「…かしこまりました」
セバスチャンが出て行ってから重すぎる食事メニューに吐き気を覚えつつ水を飲んでいると、玄関ホールから騒がしい音が聞こえてきた。何かが割れるような音もする。不審に思い、僕はそうっと部屋から玄関を覗き見た、ら。
「このクソ悪魔がぁああああ!!」
「………」
真冬にしてはあまりに軽装な、懐かしい顏が思いっきりセバスチャンの顔面にストレートパンチを決めていた。しかしそのパンチはセバスチャンを射止める事ができなかったらしい。スレスレで躱したセバスチャンは、空中でくるりと回転すると階段の手すりに着地した。
「契約者は誰だ!どの面下げてこの屋敷に入り込みやがったあああ!!」
「ああもう五月蠅いですね、とにかく話を…」
「…お兄様?」
どうやら荷物らしきトランクを投げ付けかけていた青年の動きがぴたりと止まる。手からドスンと滑り落ちたトランクには見向きもせず走ってきた青年──お兄様が、僕をしっかりと腕の中に閉じ込めていた。
「シエル…よかった…!!」
「お兄様…?本当に?」
「アン伯母さんから連絡もらって飛んできたんだ。それで…」
ゆっくりと体を離し、僕の頭を撫でてくれていた兄の手が止まる。セバスチャンより幾分か茶色がかった赤い目は驚愕に見開かれ、僕の顔──正確には僕の右目に釘付けになっていた。
「お前、これ…悪魔との契約書…」
「えっ?」
「シエル…お前があの悪魔との契約者なのか…?」
どうしてそれを。僕は兄からセバスチャンに視線を移した。この中で、一番状況が分かっていそうなのがあの悪魔だと思ったからだ。
悪魔は溜息を吐いて、とにかく場所を移そうと言い出した。
「魔法使い?」
「お伝えしていなかったのですか?」
「もうちょっと後でもいいかなーって…」
話し合いと情報交換の末分かったのは、兄が魔法使いで、魔法使いは悪魔の存在と知っていて、だから兄もセバスチャンが悪魔だと分かって──つまり、僕が子供だから色々と知らされていなかったという事実。
仕方のない事だけれど、ほんの少し憤りは覚える。兄は沈んだ声でぽつりと吐露した。
「まさかこんな事になるだなんて、思って無かったんだ」
「………」
あの日は、僕の誕生日だった。だから全寮制の寄宿学校に通っている兄も、時期はずれるけれど休暇を使って帰ってくるはずだった。
だけど帰ってみれば家は無いしで先代は亡くなっているしで、兄はアンジェリーナ伯母さんの所へ身を寄せていたらしい。学校が始まるまでの話だけれど。
「成程」
狐のような深い笑みを零した悪魔が、燕尾服をはためかせながら居住まいを正した。
「おおよその事情は理解できました。訪問者が無いはずの屋敷への侵入者、悪魔(私)を知る者の存在…しかし、一つだけ御しきれない問題があります」
「何?」
「ケニー・ファントムハイヴ…あなたの魂です」
「!」
ピクリと拳を痙攣させた兄は、睨みながらセバスチャンを見上げた。けれどその頬には一筋の汗が伝っている。僕にはわけがわからなくて、ただ黙って見守っている事しかできなかった。
「ひとつの身体にふたつの魂──これは普通ではありません。二重人格の人間ですら、そんな事はあり得ない」
「ふたつの…魂?」
「ケニー様。貴方様は、何を隠していらっしゃるのです?」
「…俺は、──」
とまあそんな具合に、僕は兄の隠されていた秘密を知った。
次元を越えて生まれ変わり、僕とは異なる、血の繋がった兄弟がいる事。そしてその弟は、兄の生きる魔法界で面倒な立場にある事。弟を助けるために、兄が人知れず奔走しているという事を。
「僕の事は気にしなくていい。今はただ、兄上の事に従事してくれれば」
「…分かった」
家族がいるというのなら、兄は結局その弟の元へ帰ってしまうのだろう。ならば今だけでも、兄の帰る場所がここであるならそれでいい。兄が、ハリー・ポッターの代わりを僕に見出していない事はずっと前に分かっていたから。
窓の外に漂う雲を眺めながら、顏も見た事がない義兄弟を想った。
なんとなくな設定
・ケニー・ファントムハイヴ
孤児院にいた時ファントムハイヴ家に引き取られたという点以外は本編と同じルートを辿っている我らがお兄ちゃん。レグルスとは入学した後に互いの秘密を打ち明け合って協力体制を築いている。
引き取られるのは想定外だっただけに、前当主にはしっかり恩がある。血は繋がっていないけれど弟は愛してる。そんな感じ。エリザベスだってかわいい妹のように思ってる。
ファントムハイヴ家の役割に関してはちゃんと理解してる。
悪魔は魔法生物のカテゴリの中にあったので知っていた。セバスチャンのせいで転生の秘密までバレている。偶然とはいえシエルにそこまで知られるのは嫌だったのでセバスチャンのことは毛嫌いしている。秘密のことがなくても、性格からして合わないのでたぶんずっと喧嘩してる。
基本的にはずっと魔法界で暮らすことになるので、よほどの事がないと黒執事本編には関わらない。(メタ発言)
・シエル・ファントムハイヴ
ファントムハイヴ家の幼い当主。お兄ちゃんとの仲は良好。
偶然にもお兄ちゃんの秘密をすべて知ってしまっているので、打倒ヴォルデモートの件は普通に応援している。顔も見たことない魔法界の英雄が気になってる。魔法界の事はエンターテイメントの種になるなと思ってる程度。ハニーデュークスのお菓子はお気に入り。
お兄ちゃんはシエルの復讐は手伝わない。シエルもヴォルデモートの件には口を挟まない。というのが暗黙の了解となっている。
・セバスチャン
説明不要のあくまで執事。
お兄ちゃんのことは不思議な魂を持っているな、おいしいのかなって思いながら見てる。実はお兄ちゃん、完全に捕食対象。シエルとの契約が終わったら味見くらいはしてもいいかな、って思ってる。でも噛みついてくるのは気に障るのでいつかとっちめてやろうかなと画策中。
魔法界の事は知っているけど興味がない。マグルとの線引きも、魔法界が勝手にやっている事なので興味なし。魂の味に魔法は関係ないので、魔法使いだろうがマグルだろうがどうでもいい。
実は守護霊の呪文が苦手。悪魔も魂を捕食するからかな?
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